2017年04月03日

沖縄予算一括計上の本質㉗

沖縄予算一括計上の本質㉗
〜敗戦後の財政援助から沖縄予算へ

復帰後、沖縄の水問題は深刻な課題になっていた。沖縄本島の降雨量は年約2300ミリメートルで本土の1800ミリメートルに比べて多いが、人口1人当たりに換算すると本土の約二分の一であり、降雨量の半分近くは5〜6月の降雨及び7月〜9月の台風に伴う雨水である。

このためダム建設が急がれていた。沖縄本島は地質及び地形上ダム建設可能な地域は北部の地域に限られており、また、ダムの建設が可能な地域も河川の勾配が急なこと及びダム上流も峡谷地形であること等のため貯水容量の小さなダムしか望めない。

当時、沖縄では一日平均35万トンの水需要があったが、このうち20万7千トンは不安定な河川表流水等に依存しており、残りの14万3千トンが復帰後完成した福地ダム(日量12万5千トン)及び新川ダム(日量1万8千トン)に依存していた。

このため、渇水時になると河川表流水等の取水量が減少し、1977年度には制限給水日数が158日に達した。

福地ダムは米軍が開発したが復帰後国管理ダムに移管され1973年3月完成したが1979年1月再開発計画決定、1991年度に再開発が完成した。有効貯水容量5200万トンである。安波ダム(1740万トン)、普久川(ふんがわ)ダム(235万トン)は1973年度着工し1981年度完成した。

復帰後1次振興計画でダム開発に投入された予算は下記のとおりであった。
1972年度20億円、73年度25億円、74年度28億円、75年度36億円、76年度40億円、77年度56億円、78年度86億円、79年度98億円、80年度102億円、81年度105億円、計597億円が復帰後10年間で投入された。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:15| 宮田裕の「沖縄振興論」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする