2017年04月04日

沖縄予算一括計上の本質㉘

沖縄予算一括計上の本質㉘
〜敗戦後の財政援助から沖縄予算へ

専門委員会で雇用問題を検討していたころの話。各種産業を個別に検討し、産業振興なくして雇用力増大は期待できないという議論をしていた。沖縄は国、県あげて早急に産業振興に取り組む必要があった。

産業振興面は遅々として進まない。各企業は活動の低迷で活力を失い、その上高い失業率のため、本土との所得格差が解消されていなくて心配していた時期であった。特に本土経済の基調変化で投資意欲の減退が続いた経済状況と併せ沖縄は、市場の狭隘さ、産業化技術が乏しく、水、エネルギーの制約的要因等から予測に反し産業振興は進んでいなかった。

産業構造は第3次産業の比重が高く、生産材、消費財の多くを県外に依存し、極端な移(輸)入超過が続き、さらに財政依存体質経済からの脱却が議論されていた。

このような状況を踏まえ、沖縄が第3次産業に著しく偏った産業構造の背景について、沖縄がこれまでたどってきた歴史的な事情から県経済は「ザル経済」という言葉が生まれた。琉球大学・山里将晃教授の言葉である。財政を投入してもザルの目から抜け落ちていく経済のことだ。論陣を交わしていた。

戦後の沖縄経済。戦禍と戦後27年間にわたる本土との隔絶。社会資本整備の遅れ。日本政府から取り残された財政援助。経済構造を基地依存型消費経済といういびつなものにしてしまったのだ。

復帰を果たしたが、沖縄経済が結果的に本土の経済成長の波に乗り切れなかった。遠隔地ゆえの市場の狭隘性。すなわち、人口百万人の沖縄ではおのずと市場に限界があり、また、本土市場へ参入するにも輸送コストが障害となり、その結果として、産業発展に不可欠なスケールメリットをほとんど享受し得なかったというのが沖縄経済であった。

企業変革を現実化する戦略ナビゲーションはない。現実的な企業論に立つと、経営販売技術が低い。品質管理技術を備え漏った意欲ある企業家が少ない。リーディングカンパニーが育たず本土の高度経済成長に遅れる結果となり、振興計画が目指す本土との所得格差の目標は挫折した。産業振興は第1次振興計画の中で最も遅れた分野となったのである。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 宮田裕の「沖縄振興論」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする