2017年05月03日

検証・沖縄大使(8)

検証・沖縄大使(8)

■復帰後の沖縄大使設置の背景A
1996年6月1日、内閣内政審議室に「沖縄米軍基地問題担当室」が設置される。(同室は9月に沖縄問題担当室に改組)し沖縄に向き合うことになる。

同年8月19日、「沖縄米軍基地所在市町村に関する懇談会(島田懇談会)」を設置。島田懇談会の名称は、座長を務めていた慶応大学教授・島田晴雄氏の名前に由来する。会議は那覇市で行われたが、私はすべての会議をオブザーバーとして聴く機会があった。

島田懇談会事業は、日米安保体制下で米軍基地が集中している沖縄の基地所在市町村に対し、基地の存在からくる重圧感・閉塞感を和らげ、将来への希望につながる夢のあるプロジェクトの実現を目的に1997年度から実施された。

国が直接市町村の事業活動に支援することは異例のことである。背景には、1995年7月、米兵による少女暴行事件を契機に反基地運動が起こり、沖縄問題が国政の重要課題となり県民感情を抑える緩和措置として、内閣官房長官の私的諮問機関として設置された。いわゆる基地とリンクした振興策である。

政府が支援すべき事業は、@経済活性化に役立ち、米軍基地所在による閉塞感を緩和し、若い世代に夢を与えるもの、A継続的な雇用機会を創出し、経済白立につながるもの、B長期活性化につながる人づくりに資するもの、C広域的振興や環境保全につながるもの─といった趣旨で実施されたが、経済効果はなく単なる「箱物」建設に公的な資金が費やされた。

予算は内閣府に一括計上し、実施省庁へ移し変えて実施されてきた。基地所在21市町村に888億円(1997年度〜2013年度)の振興予算が投人されたが、地域の閉塞感は緩和されず、経済は疲弊したままだ。

若い世代に夢を与える事業として基地とリンクした形で特別予算が投人されたが、事業目的、自立性のあるプロジェクトの趣旨は活かされていない。採算性が取れない「箱モノ」行政が多く見られ、ランニングコスト負担で市町村財政を圧迫している。

例えば、中の町・ミュージックタウン整備事業は、沖縄市の歴史的背景から培われた音楽芸能を21世紀の新たな街づくりへの大きな可能性を秘めた地域資源活用拠点として「沖縄音楽市場」が整備された。市街地再開発事業により6、795uを確保、音楽広場、セミナールーム、練習スタジオ、レコーデイングスタジオ、サテライトスタジオを設置。ホールの稼働率は50%未満で採算が取れず民間業者へ委託しているが、採算が取れず沖縄市は管理料を補助している。

島懇事業を導入して整備した中核施設「コザミュージックタウン」の施設は、費用対効果の検証もなくスタートしたが、基地受け入れのパフォーマンスとして「箱もの行政」の典型的な事例である。隣接した施設は空き店舗対策として、市敦育委員会、PTA連合会の反対を押し切り、「遊技場・ゲームセンター」を誘致したが、地域振興の在り方も問われる。

基地とリンクした振興策からは雇用機会の創出、経済誘発効果は発生しない。沖縄市の周辺市街地はシヤッターが閉ざされ、地域の閉塞感は緩和されず、経済は低迷している。経済自立や雇用機会の創出など事業目的は達成されず、将来の展望は描かれていない。


posted by ゆがふ沖縄 at 00:35| ◆「時の動き」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする