2018年05月16日

■5月15日は「沖縄復帰46年」


■5月15日は「沖縄復帰46年」
〜沖縄振興の本質を問う〜

米軍政下から日本復帰してから46年。那覇市与儀、「日本政府南方連絡事務所の跡」を訪ねた。

ここに立つと、戦後沖縄の歴史を思い浮かぶ。GHQが沖縄に関与したことだ。占領後の沖縄に苦慮した米軍。本土との分断、遺骨の散乱、県土の破壊、1年間の無通貨時代。米軍政下の沖縄に「日本政府・南連」設置。国家の沖縄差別の構造。

1970年5月、沖縄・北方対策庁発足。この地で沖縄復帰対策に携わった。1972年5月15日、沖縄復帰記念式典で会場案内係。大粒の雨が降り注いだ。隣の与儀公園では核付返還反対の県民が集結し大衆デモ。天が沖縄復帰に涙を流した。

復帰時に沖縄開発庁発足。沖縄振興の新たな歴史が胎動した。歴史の節目に関わった。あれから46年。沖縄はどう変わったか。

沖縄振興予算は2018年度まで11兆2,000億円。96万人の人口は144万人に増加。県内総生産は4,592憶円から4兆511億円に大幅に拡大。社会資本は本土並みになった。44万人の観光客は1,000万人に届く勢いだ。だが、1人当たり県民所得は全国の74%。失業率は全国一高い。子供の相対的貧困率29.9%(全国13.3%)。失業があふれる社会だ。

「償いの心」で沖縄予算が投入されたが、基地問題と共振し「官邸操縦型」予算に変質、歪みが生じた。2014年度以降の沖縄予算は基地問題と関連付けて毎年減額、自主財源の乏しい県・市町村財政は硬直化する。自由度の高い一括交付金も切り込まれるありさまだ。

11兆円余の沖縄振興予算は本土資本優先。沖縄予算はODAのように本土に還元し、資金循環しない構造がつくられたのだ。

復帰46年・・・沖縄振興の本質を問う。
posted by ゆがふ沖縄 at 11:57| 検証・戦後67年の沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする