2012年09月14日

復興のシンボル「奇跡の一本松」

■復興のシンボル「奇跡の一本松」

 〜一本松に結ぶ魂が、永年の歴史をつくる〜


テレビのスイッチを入れたら、東日本大震災の大津波に耐え、ただ一本残った岩手県陸前高田市にある「奇跡の一本松」の伐採作業が報道されていた。


 高田松原にあった七万本の松は全て津波で流されたが奇跡的に一本が残ったという。復興のシンボルとして希望を与えてきた。
奇跡の一本松3.jpg

 テレビで地域の方々の感想が放映されていたが、一本松を見ると言葉にならぬ力がみなぎっていると素直な気持ちを述べていた。新しいまなざしがあった。息吹があった。


 一本松は地域にとって絆を取り戻すシンボルとして人と人をつなぎ、人と自然を結んできた。地域はつながりに目覚めていた。遥かなる歴史があった。

 震災の悲しみと痛みを乗り越え、被災地に一条の光を与えていた一本松。残念なことに苦役(塩害)に耐えられず枯れてしまった。

 「奇跡の一本松」は9月12日、保存のため伐採された。一本松はこの後、9分割され、中をくり貫き、「防腐処理」を施-された後、来年2月末、この場所に帰ってくるという。


 今後は県外で防腐処理などを行い、来年2月には元の場所に震災を語り継ぐモニュメントとして復元する計画だという。一本松は、上部の枝や葉は腐食が進み保存が難しいため、神奈川県の工場でプラスチックのレプリカを作成。幹は愛知県の加工場で9分割して内部をくりぬき、京都府の工場で防腐処理が施される。

 現地では12月上旬に松の根を取り除き、献花台を備えたコンクリートの基礎を整備。2013年2月にはカーボン製の心棒を通して現地で松を組み立てるという。(9月13日付・岩手日報電子版)。


 一刻も早く安定した自然・東北の「ふるさと」を取り戻してほしい。困難は力を伴う。困難に堪えて、堪えるものだけが、時を不滅にする。レプリカで再現し、運命の共同体として東北に希望を与えてほしい。人々が大きな苦しみの中にあるとき、一本松は困難を乗り越えてきた「歴史を写す鏡」として過去を想い、未来を考えるシンボルになる。

□ □ □
高橋桂子『千年の風』から
 この本を読むと感動が甦ってくる。かけがえのない「バイブル」である。

ひとすじの道

 目に見える歴史に隠れて

 途切れることのない神秘の奔流


 現実の伝承の奥に
 耐えることのない魂の誠実

 そこに身を委ねるべき
 ひとすじの道がある

 すべては
 この道にめぐりあうためであった

 その日から
 一切が意味あるものとなった

 そのときから
 一切が輝くものとなった

 ※ ※ ※

 東北はまだ道が見えない。弱い地域に人が嫌がる「原発」を押し付けてきた。沖縄には戦後67年、米国の軍事基地を押し付けている。沖縄と福島は共振する。私はこの現実を構造的差別と理解する。

この現実を日本国民はどう感じているだろうか? 途絶えることのない矛盾。構造的差別に対する沈黙。苦しみの「きわみ」の中に沖縄と福島がある。幾重(いくえ)にも通り抜けて、灯火の射す光を求めたい。



posted by ゆがふ沖縄 at 00:04| 千年の風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月13日

新しい地平に向かって(4)

新しい地平に向かって(4)

 2012112日付の琉球新報社会面のトップ記事に「福島からの非難者584人」「原発遠く、支援も早く」の報道に引き付けられた。


 福島に関する記事は隅々まで読む。福島県民は不安に支配されながら復興への希望を抱いているからだ。

 沖縄で被災者の悲痛な声を聴いて自分に何ができるのかと考えてきた。ささやかながらサーターアンダーギー(黒糖菓子)を数回届けたことがある。福島の人々は、苦しみと悲しみを噛みしめている。


□ □
 琉球新報の報道によれば「東日本大震災による原発事故が起きた福島県から沖縄へ避難している人は584人。沖縄には原発がなく福島第1原発から最も遠いことや沖縄の中・長期的支援体制の開始が他都道府県に比べて早かったことから、多くの福島の被災者が沖縄を被災地に選んだと」ある。受け入れ態勢が早くから整っていたという被災者の声があったが、一人ひとりが沖縄で心を癒してほしい。

 同じく1月12日付の沖縄タイムスは、「東京のリスクを背負う」というタイトルで福島大学副学長・清水修二さんのインタビュー記事を両面で特集している。聞き手は特別報道チームの渡辺豪記者だ。すごく読み応えのある内容である。さすが沖縄タイムスだ。

 渡辺豪記者は私が最も関心を寄せる記者の一人である。取材力、筆力、表現力にとんだ凄腕の記者だ。続編が13日に出るが、この記事を書いている現在、日付変更が変わった段階なので朝の新聞が楽しみだ。

 渡辺豪記者から「基地の島 沖縄、国策のまちおこし」で取材を受けたことがある。彼の記事を読んで思うことは、取材力、筆力、表現力の優れていることである。読者をひきつけるものがある。


 原発と基地で思うことは、構造的差別が共通していることだ。苦しみと悲しみは弱い地域の傍にあることは歴史が物語る。いつまで忍従に耐えれというのか。


 
□ □

高橋桂子『千年の風』から


対地を踏みしめよ

昨日(きのう)も今日も

迷うな、迷うなと大地は支えてくれる


今日も明日(あした)も
恐れるな、恐れるなと天空(そら)は励ましてくれる

つまずくほどに確かになり
挫(くじ)かれるほどに強くなり

だまされるほどに信を深め
傷つくほどに愛をあらわす

このみちを一途(いちず)に歩んでいけ

大地を踏みしめてみよう

天空(そら)を仰いでみよう


そうすれば

言葉にならぬ力が満ちてきて

言葉にならぬくるしみが引いてゆく


つながりに目覚めてこそ

あらゆる現象とあらゆる存在の

根底なる絆(きずな)を取り戻す時である

人と人はつながり
人と自然は結ばれている

出会いと出来事は織(お)りなされ
この世と見えない世界も一つである

つながりに目覚めてこそ
いのちは輝く

つながりに応(こた)えてこそ
いのちは花開く

□ □
☞沖縄には「イチャリバ・チョデー(あった瞬間から皆兄弟)という言葉がある。出会いを通じて一(いつ)なるものに触れたい。人の温かさに本当に涙する。



posted by ゆがふ沖縄 at 00:05| 千年の風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月03日

新しい地平に向かって(3)

新しい地平に向かって(3)

 元旦の朝、悲しみと痛みの被災地に「一条の光」が射していた。

未生に響きがあった。東北の日の出をテレビで見ながら、ゆがふウチナーから「復興」への希望を託した。

 沖縄に800人が避難した。子供たちの顔を見ながら、故郷を失った悲しみが心を刺す。自然という安定した東北の「ふるさと」を取り戻してほしい。今年は過去を想い、未来を考える年にしたい。人間は何のために生きているのか。何のために生まれてきたのか。人間の幸せを考えたい。


人間は無力である。だから強く生きなければならない─沖縄の避難者から学んだ。

 新年の朝、全国紙の社説を読む。「毎日新聞」と「河北新聞」は震災地を見つめていた。311から9月余が過ぎたが、被災者にとって明日は見えない。大きな傷が日本社会全体を覆う。

201211日付「毎日新聞」社説

「3・11」の復旧、復興は第3次補正予算の成立までは進んだが、なおすべての作業は遅れ気味で、脱原発、エネルギー政策についてはその青写真さえ描かれていない。


2012
11日付「河北新聞」社説

 新しい年が明けた。仮設住宅で暮らす人がいる。ふるさとから遠く離れ、避難生活を余儀なくされている家族がいる。仕事がなければ、将来の見通しも立たない。


高橋桂子『千年の風』から


見えないところで

見えないところで

自らをつくるものたちの凛々(りり)しさよ


天に向かって

まっすぐ伸びようとする樹は

地深く根を下ろす


そして深くに張った根ほど

苦役(くえき)と受難(じゅなん)を知っている

見えないところで

他に尽くすものたちの美しさよ


すべてに従う水は

いつの間にか

あらゆる生命に姿を変えている

すべてに従う水は

すべてにかけがえのない力を抱いている


痛みを通しての連帯
時代の亀裂(きれつ)に
猶予(ゆうよ)のない現実が
押し寄せている

しかし

どれほどの危機であろうとも

結果だけを変えることはできない


現実への厳粛(げんしゅく)な認識
原因に対する深い洞察
そして何よりも
運命の共同感が必要なのである

希望の道は

痛みを通しての連帯である


現れる光
遥かなる歴史が物語る
社会が大きな混乱に陥(おちい)るとき
それを救う存在が現れる

人々が大きな苦しみの中にあるとき

それを解き放つ力が生まれる


世界が深い幻滅(げんんめつ)の危機に曝(さら)されるとき
それを乗り越える希望が立ち上がる

まず人が現われ
そしてはたらきと力が生まれる

闇の中から輝き出す光の真実

posted by ゆがふ沖縄 at 00:07| Comment(0) | 千年の風 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする