2018年02月28日

■あのとき、ここから

■あのとき、ここから
〜歴史の場所に立つ〜

旧総理府官僚・櫻井溥さん。異端児官僚だった。北海道庁に採用され根室支所で北方領土を担当。政府高官が根室に来ると櫻井さんが説明。そのプレゼン力を買われ、総理府へ引き抜かれた異色官僚である。

数冊の著書がある。代表作は『沖縄祖国復帰物語』(大蔵省印刷局発行)。官僚時代の人生を可視化して本を出す。数々の資料が私の手元に送り届けられた。

北方領土から沖縄担当に移動し、琉球政府への財政援助担当。沖縄への米資金援助の発案者である。

著書『あれから』は米軍政下に関わった記述が満載。販売のための本ではない。関係者への贈答用として限定印刷。

著書を読みながら、歴史の現場に立つ。天願桟橋を訪ねた。

沖縄に1万3千トンの毒ガス貯蔵。1971年1月、その一部を貯蔵庫から勝連半島の海軍基地へ陸送。ここ天願桟橋から太平洋のジョンストン島へ移送された。

移送のための道路補償費70万ドルと住民を避難させるのでその生活保障分を援助してほしいという要望書が総理府に届いていたと裏話を話す。予算項目は「化学兵器に関わる経費」。琉球政府の歳入予算には入れず、行政主席が「歳入歳出外現金」として預かり高等弁務官に手渡す。つまり議会を通さない方法を取ったという。

このことは一切マスコミでは報道されなかった。当事者しか知らない内容である。

櫻井さんは今、静岡県の標高600メートルの高地で暮らす。老木に「一輪の花」が咲いたように沖縄研究を続ける。沖縄地元紙を購読し、沖縄への関心は絶えることがない。
posted by ゆがふ沖縄 at 10:21| 歴史の証言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月17日

沖縄戦後70年(273)

沖縄戦後70年(273)
■沖縄復帰記念式典における佐藤首相式辞
 
本日、天皇、皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、アグニュー・アメリカ合衆国副大統領をはじめ内外貴賓多数のご参列を得て、沖縄復帰記念式典を挙行いたしますことは、わたくしの深く喜びとするところであります。

沖縄は、祖国に復帰いたしました。わたくしは、まずこのことを過ぐる大戦において尊い犠牲となられた幾百万のみ霊に、謹んでご報告いたしたいと思います。

大戦の末期に戦場となり、尊い多くの人命を失った沖縄の地は、戦後長きにわたって米国の施政権下におかれてきたのでありますが、今日以降、わたくしたちは同胞相寄って喜びと悲しみをともに分かちあうことができるのであります。

わたしどもの感激はいうまでもありません。祖国愛に燃えて身命を捧げたひとびとを思い、現代に生きるわれわれとして、ここに、重ねて自由を守り平和に徹する誓いを新たにするものであります。

わたくしはまた、27年の長年月にわたって、大いなる苦悩に耐え、ひたすらに祖国復帰の日を待ち望んでこられた沖縄同胞百万の心情に思いをいたすとき、まことに深甚な感慨を禁じ得ません。

戦中、戦後における沖縄県民各位のご苦労は、何をもってしても償うことはできませんが、今後本土との一体化を進めるなかで、沖縄の自然、伝統的文化の保存と調和を図りつつ、総合開発の推進に努力し、豊かな沖縄県づくりに全力をあげる決意であります。

さらにわたくしは、国民各位とともに、沖縄の祖国復帰を慶賀するとともに、その歴史的意義について深く考えてみたいと思います。

戦争によって失われた領土を、平和のうちに外交交渉で回復したことは、史上きわめて稀なことであり、わたくしはこれを可能にした日米友好のきずなの強さ痛感するものであります。

今後、日米両国は太平洋をはさむ先進国としてともに世界の平和と発展に大きな責任を持つ立場におかれます。この日米関係の新時代は、これまで以上の信頼と理解による協調をもって特徴づけられなければならないと信じます。

わたくしはこの機会に、沖縄返還にあたって、米国政府並びに米国民より示された友誼に感謝し、その大局に立った英邁な決断に敬意を表するものであります。

国民の皆さん、われわれは尊い歴史の教訓を生かし、さらに平和への決意を新たにし、わが国のアジア太平洋諸国に対する友好と協力の架け橋として、平和で豊かな沖縄の建設に努めなければなりません。

歴史的記念の日を迎えるにあたって決意の一端を述べ式辞といたします。
   昭和47年5月15日
    内閣総理大臣 佐藤栄作

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2015年10月16日

沖縄戦後70年(272)

沖縄戦後70年(272)
■佐藤首相の沖縄百万同胞に贈る言葉(3)
 昭和44年11月21日
  内閣総理大臣 佐藤栄作

沖縄は長い間、独自の経済単位を形成し、繁栄してきたのでありますが、本土復帰後は日本経済の中に統合され、その一環としての役割を担うことになるのでありますから、私は当面の措置として、本土復帰に際し沖縄経済が急激な変動をきたさないよう、沖縄の特殊性を考慮した特別措置ないし過度的経過措置について検討を加える一方、長期的には日本経済の一環としての沖縄経済の新たな役割を探求し、沖縄の長期開発構想を樹立して、沖縄経済の振興に努力するつもりであります。

最後に、沖縄の祖国復帰対策を樹立するにあたり、沖縄住民の意思を国会に反映させることの重要性を私は痛感しております。

私はこの機会に、琉球政府及び沖縄住民の方々が沖縄の本土復帰に備えて、一致協力して総意と工夫をこらし、明日の沖縄県を築くため英知を結集されることをお願いするとともに、沖縄の祖国復帰という世紀の大事業が、本土と沖縄の官民一致の協力によって立派になしとげられるおとを信じて疑いません。

沖縄の施政権返還について日米両国の合意が行われたこの記念すべき秋に当たり、私ははるかに沖縄百万同胞の皆さんに思いをはせ、つつしんでおあいさつを申し上げる次第であります。
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