2015年10月09日

沖縄戦後70年(267)

沖縄戦後70年(267)
■施政権返還に関する要請決議
(1968年2月2日 琉球政府立法院決議)

宛先 日米両政府

沖縄百万県民を含む全国民が長年にわたりたえず訴え続けてきた沖縄の施政権返還問題は、昨年11月に行われた佐藤・ジョンソン会談において解決されるものと信じ、大きな期待を寄せていたのであるが、会談の結果は、復帰の時期さえ明示されず、われわれ県民に大きな打撃を与えたことは、誠に遺憾である。

しかしながら沖縄の施政権を日本に返還することの方針のもとに沖縄の地位について、日米が共同かつ、継続的な検討を行うこと及び返還時における摩擦を最小限にするための一体化を推進するとの合意事項に対しては、不満のなかでも次善の策として期待を寄せている。

沖縄は二十余年にわたる不自然な地位に起因する諸々の要因によって本土との間に大きな格差を生じ、格差是正には琉球政府はもとより、県民の並々ならぬ努力が必要である。

そのためには、一日も早く施政権返還の時期を明示して県民に希望を与え、新たな決意を促すことが肝要であり、このことなくしては共同声明にうたわれている「沖縄住民の経済的、社会的福祉を増進するための措置をとっていくこと」も、「沖縄の住民とその制度の一体化」も「施政権返還時における摩擦を最小限にすること」も計画的に施策を推進していく最大の効果をおさめることは困難であろう。

よって当院は、日米両政府が共同声明の趣意に添って施政権返還を早期に実現すべくその時期を明示するよう院議をもって強く要請する。

右決議する。
 1968年2月2日
  琉球政府立法院
posted by ゆがふ沖縄 at 00:03| 歴史の証言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

沖縄戦後70年(266)

沖縄戦後70年(266)
■沖縄県民の国政参加に関する要請決議
(1968年2月2日 琉球政府立法院決議)

宛先 日米両政府、国会

沖縄県民が日本国民であり、沖縄が日本の領土であることは何人も否定できない。従って、沖縄県民が日本の国益に参与することは当然の権利である。

日本国憲法の前文でも「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであってその権威は国民に由来し、その権力の代表者がこれを行使し、その福利は国民が享受する」と規定されており、日本国民たる沖縄県民だけを差別して国政に参与することは、人類普遍の原理に基づく憲法にも反することになる。

しかるに、沖縄県民は戦後二十三年の長い間アメリカ合衆国の不当な統治下に置かれ、国政に参加することを拒まれ続けてきた。

しかも、われわれは、これまで幾度か国政参加を要求する決議を行い、日米両政府及び国会に対しても要請し続けてきたが、いまだに実現していない。

特に国会において施政権返還を中心とする沖縄問題が国政の重要課題として論議されている折、祖国復帰の障害となっているものを明らかにし、これを克服して、沖縄の祖国復帰を一日も早く実現させる施策は、沖縄県民代表の参加なくしては見だすことはできない。

よって本院は、沖縄県民が祖国復帰と同様に平和憲法の下で基本的人権が保障され、自由及び幸福を追求する権利を有することを確認し、日米両政府及び国会がすみやかに公職選挙法の運用に基づく県民代表を国政に参加させる必要な具体的措置を講ずるよう重ねて要請する。

右決議する。
 1968年2月2日
  琉球政府立法院
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 歴史の証言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月07日

沖縄戦後70年(265)

沖縄戦後70年(265)
■沖縄在住原子爆弾被害者の救援に関する要請決議
(1965年2月12日 琉球政府立法院決議)

宛先 内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長、駐日米国大使、琉球列島高等弁務官

昭和二十八年八月、広島、長崎に投下された原子爆弾は、きわめて痛ましいものであった。

その後、日本本土においては、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が制定され、国家の責任において被爆者の健康診断及び医療給付等が行われ、その健康の保持と向上がはかられてきた。

ところが、当時広島、長崎で被害を受けて沖縄在住の被爆者に対しては日本国民であり、かつ、被爆者でありながら戦後二十年を経過した今日まで、何らその対策がなされないまま放置されていることは誠に遺憾である。

特に沖縄では、その道の専門医がいない上、医療施設の不備のために多くの被爆者が原爆症の恐怖に不安な毎日を送っている。

日米両政府は、その責任において沖縄在住被爆者に対しても本土の被爆者と同様、その対策をすみやかに実施してもらうよう院議をもって強く要請する。

右決議する。
 1965年2月17日
  琉球政府立法院

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■沖縄の原爆被害者
本土では1957年に原爆医療法、68年に被爆者特別措置法が施行(94年に被爆者援護法に統合)され、年2回の健康診断や国の医療費全額負担などの救済策がとられた。

沖縄では66年12月に原爆医療法が準用されるなどしたが、それまでは医療費は自己負担。1972年の本土復帰まで救済が遅れた。沖縄県によると、08年現在、沖縄の被爆者は245人であるが、政府は13人しか認定していない。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:10| 歴史の証言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする