2015年10月07日

沖縄戦後70年(265)

沖縄戦後70年(265)
■沖縄在住原子爆弾被害者の救援に関する要請決議
(1965年2月12日 琉球政府立法院決議)

宛先 内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長、駐日米国大使、琉球列島高等弁務官

昭和二十八年八月、広島、長崎に投下された原子爆弾は、きわめて痛ましいものであった。

その後、日本本土においては、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律が制定され、国家の責任において被爆者の健康診断及び医療給付等が行われ、その健康の保持と向上がはかられてきた。

ところが、当時広島、長崎で被害を受けて沖縄在住の被爆者に対しては日本国民であり、かつ、被爆者でありながら戦後二十年を経過した今日まで、何らその対策がなされないまま放置されていることは誠に遺憾である。

特に沖縄では、その道の専門医がいない上、医療施設の不備のために多くの被爆者が原爆症の恐怖に不安な毎日を送っている。

日米両政府は、その責任において沖縄在住被爆者に対しても本土の被爆者と同様、その対策をすみやかに実施してもらうよう院議をもって強く要請する。

右決議する。
 1965年2月17日
  琉球政府立法院

***
■沖縄の原爆被害者
本土では1957年に原爆医療法、68年に被爆者特別措置法が施行(94年に被爆者援護法に統合)され、年2回の健康診断や国の医療費全額負担などの救済策がとられた。

沖縄では66年12月に原爆医療法が準用されるなどしたが、それまでは医療費は自己負担。1972年の本土復帰まで救済が遅れた。沖縄県によると、08年現在、沖縄の被爆者は245人であるが、政府は13人しか認定していない。

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2015年10月06日

沖縄戦後70年(264)

沖縄戦後70年(264)
■施政権返還に関する要請決議
(1962年2月1日 琉球政府立法院決議)

宛先 国際連合本部、国連加盟国(*本ブログでは加盟国名は省略)

日本国との平和条約第三条によって沖縄を日本から分離することは、正義と平和の精神にもとり、将来に禍根を残し、日本の独立を侵し、国連憲章の規定に反する不当なものである。

しかるにアメリカ合衆国は、軍事占領に引き続き前記の条約によって沖縄を日本の統治から分離し、施政権を行使すること十六年に及んでいる。

この間沖縄住民は日本復帰を訴え続け、琉球政府立法院はその趣旨の決議を以て繰り返し要請し続けてきたが、米国は依然として無期限保持の政策を捨てず、ケネディ大統領は去る一月十八日に合衆国議会に送った予算教書の中で「米国と自由世界の安全を守るため極東での脅威と緊張が沖縄の軍事基地保持を必要とする限り米国は沖縄管理の責任を引き続き負う」と述べて、従前の態度を改めていない。

このようなアメリカ合衆国による沖縄統治は、領土の不拡大及び民族自決の方向に反し、国連憲章の信託統治の条件に該当せず、国連加盟国たる日本の主権平等を無視し、統治の実態もまた国連憲章の統治に関する原則に反するものである。

われわれは、いかなる理由があるにせよ力によって民族が分離され他国の支配下に置かれることが、近代世界において許されるべきものではないことを強調する。

1960年12月第15回国連憲章によって「あらゆる形の植民地主義をすみやかに、かつ無条件に終止させることの必要を厳かに宣言する」旨の「植民地諸国、諸人民に対する独立許容に関する宣言」が採択された今日、日本領土内に住民の意思に反して不当な支配がなされていることに対し、国連加盟諸国が注意を喚起されることを要望し、沖縄に対する日本の主張がすみやかに完全に回復されるよう尽力されんことを強く要請する。

右決議する。
 1962年2月1日
  琉球政府立法院

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2015年10月05日

沖縄戦後70年(263)

沖縄戦後70年(263)
■琉球住民代表の日本国会参加に関する要請決議
(1961年4月21日 琉球政府立法院決議)

宛先 内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長

我々琉球住民は明らかに日本国民であり、潜在主権は祖国日本が保有している。
琉球経済の発展と住民福祉の向上は、施政権者としての米国の義務履行と祖国日本の積極的援助を必要とする。

この現状にかんがみ、行政分離の現段階においても琉球住民の代表を日本国会に参加せしめ、住民の意思を直接日本政府の琉球対策に反映させることは極めて緊要なことであり、可能であると信ずる。

よって琉球政府立法院は、琉球住民が祖国日本の同胞と同様に、生存、自由及び幸福を追求する権利を有することを確認し、日本政府が関係諸法規を整備の上、琉球住民代表を日本国会に参加させるよう強く要請する。

右決議する。
 1961年4月21日
  琉球政府立法院

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■沖縄の国政参加問題
・1968年10月:日米協議委員会で、沖縄の国際参加問題が合意。
・1969年11月:佐藤・ニクソン共同声明で急速に展開
・1970年5月:国会で「沖縄住民の国政参加特別措置法」成立
・1970 年7月:琉球立法院は「特別措置法に基づく選挙法案」を全会一致で可決
・1970年11月15日:国政参加選挙実施
(当選者)
 ●衆議院議員
 瀬長亀次郎(人民党)、上原康助(社会党)、安里積千代(社大党)、西銘順治(自民党)、国場幸昌(自民党)
 ●参議院議員
 喜屋武真栄(革新統一)、稲嶺一郎(自民党)
posted by ゆがふ沖縄 at 00:04| 歴史の証言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする