2015年10月02日

沖縄戦後70年(261)

沖縄戦後70年(261)
■布令第116号及び布令第145号の廃止に関する要請決議
(1960年7月11日 琉球政府立法院決議)

アメリカ合衆国軍隊に雇用されている労働者は、布令第116号(1953年8月18日)によって、労働基本権の制約を受けている。また労働組合を組織するにその自主性を拘束する布令第145号(1955年3月18日)が存在し、労働者の組合結成をさまたげている。

労働基本権は、自由と平等を基調とする各国の憲法の認めるところであり、大統領行政命令においても当然保障しているものと解する。

労働者の経済的社会的地位の低い琉球において、労働者が自らその生活を向上させ、権利を確保するには、組合の組織化と更に使用者の理解と施政権者の労働者に対する保護政策を必要とする。

また、労働者を保護するに、法の精神を異にする布令及び民法の二つの法が存在することも不自然な姿である。かかる観点からして、労働法の民立法への一本化の要請は、琉球住民の数年来の渇望である。

われわれは、労働者が団結して自主的に組合を組織し、また自らその代表者を選出することの完全なる自由の行使を保護するとともに、アメリカ合衆国軍隊に雇用されている労働者にも、民立法によって等しく労働基本権が保障されるよう布令第116号及び布令第145号の速やかな廃止を要請する。

右決議する。
 1960年7月11日
  琉球政府立法院


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2015年10月01日

沖縄戦後70年(260)

沖縄戦後70年(260)
■土地新規接収並びにミサイル兵器持ち込み阻止に関する要請決議
(1960年3月29日 琉球政府立法院決議)

宛先 琉球列島高等弁務官

去る3月10日、ブース高等弁務官は八箇所にミサイル・ホーク基地設定のため約19万6848ヘクタールの土地を新規接収することを発表した。

軍用地の新規接収は、米琉双方の新土地政策の趣旨にもとるものであり、また広大な土地を軍用地に接収されている現在、高等弁務官発表の基地設定により生ずる如何なる附随的利点があるにしても住民は軍用地の新規接収に強く反対している。

更にミサイル兵器の持ち込みは、基地強化のあらわれであり世界の趨勢に逆行するものであることを憂うるものである。

よって琉球政府立法院は、軍用地の新規接収とミサイルの兵器持ち込みの中止方を院議をもって強く要請する。

右決議する。
 1960年3月29日
  琉球政府立法院

* * *
■米軍の土地接収
「沖縄米軍基地建設で日本経済は息を吹き返す」
〜基地建設資金は日本に還流〜

沖縄を占領した米軍は占領の名のもとに銃剣とブルドーザーで県民の土地を強制接収した。米軍基地建設が本格化したのは、朝鮮戦争が勃発した1950年。米国は50年から53年度まで2億7千万ドル(当時の為替レートで972億円)の資金を投入する。現在の貨幣価値に換算すると2兆6千億円。沖縄基地の原型ができたのだ。1960年代にかけて基地建設は拡大していく。基地建設資金の総額についてUSCARは公表していない。冷戦構造が本格化したからだ。

1951年から軍用地支払運動が起こる。52年11月には「契約権」を公布し、契約による土地使用が始まる。契約期間が20年という長期期間であり、補償額も少なかったため地主が反対し失敗に終わった。

53年4月「土地収用令」を公布し、強制収用の蛮行に出た。これに反対する闘争が各地で展開し、「島ぐるみ闘争」が起こった。

沖縄の基地建設は、戦後疲弊した日本の土建業の復権のきっかけにもなった。戦後、日本は国破れ公共事業のない時期に、沖縄基地建設で息を吹き返したのだ。日本は沖縄を踏み台にして戦後の経済成長を遂げた。捨て石・沖縄は今でも日本安保の犠牲になっている。

歴史は繰り返す。苦しみと悲しみは沖縄に付きまとう。沖縄・辺野古。今、沖縄で何が起こっているか。沖縄を知れば知るほど国家の「歪み」が分かる。

日本人よ! 目を開いて沖縄の現実を見よ。耳を澄まして沖縄の声を聞け。
新基地建設の重い蹉跌を振り解き、沖縄を取り戻したい。
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2015年09月30日

沖縄戦後70年(259)

沖縄戦後70年(259)
■プライス法案の早期成立要請決議
 (1959年12月24日 琉球政府立法院決議)

宛先 アメリカ合衆国大統領、アメリカ合衆国上院議長、アメリカ合衆国下院議長、アメリカ合衆国国防長官、琉球列島高等弁務官

琉球は、現在国家的財政運営をなさねばならない状態に置かれている。従って琉球政府の財政支出は、住民の負担能力を著しく不均衡で住民は文化国家としての社会保障制度に基づく当然の権利さえ享受できない状況である。

更にアメリカ合衆国軍基地に依存する経済は、生産と消費に著しい不均衡を来し、貿易収支は年々多額の赤字を示し、消費都市の繁栄に比して農村は疲弊し、住民の負担能力を以てしては到底政府財政を賄い得ない現状である。

今回アメリカ合衆国議会において琉球振興に資するためプライス法案が提出されたことに対し、われわれはその成立を期待している。この際アメリカ合衆国が施政権者としての責任を果たす一助とし且つ、諸法案が琉球の財政援助に対するすべてを意味するものでないとの理解のもとに早急に制定されることを強く要請する。

 1959年12月24日
  琉球政府立法院

* * *
■プライス法
1951年1月、プライス議員によって提案され、60年7月に大統領の署名を得て成立発効した米国の沖縄援助法。「琉球列島における経済的社会的発展を促進する法律」。
「Act to Ryukyu of economic and development in the Ryukyu Island」。    
「プライス沖縄援助法」「琉球経済援助法」とも呼ばれている。          

米国民政府の諸計画に対して、明確な法的根拠を与え、従来の授権法なしの援助支出に対して年間600万ドルを限度として援助すること、琉球政府の収入に関して明文化して現行制度に根拠を与えること、および高等弁務官に米国政府一般資金に関する法的根拠を与えることなどを主な内容としている。

600万ドルの授権限度額については、62年度に1,200万ドル、67年度に1,700万ドルに引き上げられた。
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