2017年07月01日

■沖縄県庁よ!これでいいのか

■沖縄県庁よ!これでいいのか
〜平田正志・企業立地推進課長の情報隠ぺい体質〜

復帰45年が経過した。あと5年で沖縄振興は半世紀を迎える。沖縄の将来を見通す重要な年だ。

いま、沖縄の国際物流が注目されている。1972年5月・沖縄復帰に伴い、沖縄振興開発特別措置法で「自由貿易地域」が法制化された。設置目的は企業立地の促進と貿易の振興である。1987年12月・沖縄開発庁長官が自由貿易地域那覇地区を指定した。1988年7月供用開始(面積2.7ヘクタール)。事業認定企業は1998年時点で27社だった。

1999年3月・特別自由貿易地域(中城湾港新港)が指定された。

2012年4月・改正沖振法で自由貿易地域制度が廃止、国際物流拠点産業集積地域が指定され新たにスタートした。

沖縄振興の制度は機能したのか。6月30日、沖縄県企業立地推進課を訪ねた。国際物流拠点産業集積地域の外国貨物の搬入・搬出の実績を調べるためだった。

驚くべき対応だった。沖縄振興法で設置された「国際物流拠点産業集積地域」の外国貨物の搬入・搬出額について聞いたら、担当者は課長と相談の上、使用目的を聞いてから対応したいという。

使用目的を説明するのですか、と尋ねると、そうだという。企業立地推進課長・平田正志氏から別室に呼ばれ、改めて資料の使途を聞かれた。説明しないといけないですかと聞いたら、どういう使われ方をするのか把握する必要があるという。 はぁ〜と思った。外国貨物の統計資料である。

大学の授業で講義したことがあり、以前は提供していたと話すと、事実を確認しようと思ったのか大学名と授業内容まで尋問するありさまだ。この感覚は一体何だろう?

現在の職業について聞かれたことにはなお驚いた。すべての県民にこのような対応をしているのだろうか? 何様と思っているのか、この課長様の感覚は何だろうか? 上から目線の対応と情報隠蔽体質。時代への適応力を失っている。

行政は最大のサービス産業である・・・翁長雄志知事の言葉である。基地問題を巡って官邸とのやり取りでは、上から目線という言葉をよく使う。この言葉は県庁内部の現実に符合する。

企業立地推進課長・平田正志氏の非常識な対応、情報隠ぺい体質が見られたので、沖縄振興の目的、情報公開法の趣旨に照らして、県民の知る権利、公務員の資質、公僕精神などから公益性が高いと判断し、実名で沖縄県庁の行政対応を取り上げることとした。

沖縄県企業立地推進課長・平田正志氏の感覚は見当違いもはなはだしい。公務員としての資質、社会的な儀礼の欠如、情報非開示、非常識きわまりない行政対応に驚愕した。

この現実を翁長雄志知事はどう見るだろうか。沖縄県庁の情報隠ぺい体質の行政対応に言葉を失ってしまった。県政の資質が問われていないか。

いずれにせよ摩訶不思議なことである。お願いしたが資料は入手できなかった。いまどき、このような県庁職員がいることにびっくりした。情報公開請求する予定である。県がどのような対応をするのか、リトマス試験紙で見てみたい。
 ※ ※ ※
■国民の知る権利と情報公開法

国民の「知る権利」を事実上担保するものとして、情報公開法が制定された。情報公開とは、主権者である国民の信託を受けて活動する行政機関が主権者に対する説明責任の観点から、情報を公開していくことを意味する。同時に同法は、情報提供も含めた「情報公開の総合的推進(第40条)によリ、アカウンタビリティ(説明責任)の義務を負うものである。

行政データなどの情報公開は行政施策について透明性の確保と説明責任を伴うものであり、県民の知る権利に応えるものである。

沖縄県の情報隠ぺい、非開示体質に驚愕したが、行政窓口で二度とこのようなことがないように改善してもらいたい。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:02| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月06日

■沖縄県住宅供給公社「貧乏人」を締め出す

■沖縄県住宅供給公社「貧乏人」を締め出す
 〜県民を愚弄する対応〜

「貧乏退散」・・・沖縄県住宅供給公社が貧乏人を締め出す姿だ。3月1日付の沖縄タイムスが報道した。看過できない事態だ。

「何これ、差別?」 入居申請窓口に「貧乏退散」シール 沖縄県の公営住宅の実態が報じられた。

沖縄タイムス報道によれば、@公営住宅の申請窓口に「貧乏退散」と書かれたシールが貼られていた、A「どん底」シールもあり、指摘されて県住宅公社が謝罪。

摩訶不思議なことに、指摘されて公社側は特別な意図はないと語るが詭弁にすぎない。「貧乏退散」「ドン底」シールは貧困者への差別だ。猛省を求める。

窓口を訪れた市民は「自己責任論や貧困バッシングにつながりかねない」と話す。

貧困者を軽蔑する対応は許されない。3月1日付の沖縄タイムスは、生活困窮者の支援者は「貧困を、自分たちが生きる社会の問題として考えていない証拠だ」と厳しく批判する。

「どん底」「人生強気」と書かれたシールも貼られていたという。

指摘を受けた公社はシールを剥がすとともに、職員や退職者を含む歴代の担当者から聞き取り調査をしたが、住宅部の崎浜秀人部長は「時間が経過し、経緯が確認できなかった」「指摘を受けるまで誰も気付かなかった」と薄っぺらな言葉を飛ばした。

さらに驚いたことは、担当者の次の発言だ。

「駄菓子の景品」であり、「何げなく貼ったと推測され、意図したことはないと考えている」との見解を示したことだ。

言い訳以外の何物でもない。あきれて言葉にならない。

この感覚は一体何だろうか? これが貧困問題に取り組む県の姿だろうか。
 
経済指標を丹念に追えば、子供がいる現役世帯のうち大人が1人世帯の貧困率は54.6%(平成24年度)。母子家庭の年収は155万円、正規雇用の平均年収は209万円で全国最下位だ。生活困窮者は耐え抜く日々を送る。

沖縄タイムス報道を読んでさらに驚いた。住宅供給公社の責任者は「職員や退職者を含む歴代の担当者から聞き取り調査をしたが、時間が経過し、経緯が確認できなかった、指摘を受けるまで誰も気付かなかった」と説明。

「貧乏退散」のシールが張られているが誰も気付かなかった? 県民を愚弄する発言だ。エクスキューズ(言い訳)は許されない。

沖縄の貧困世帯にどう向き合うのか。現実を見ようとしない、「沖縄県住宅供給公社」。もどかしい思いを重ねながらブログを書いている。

貧困世帯にはどうにもできない事情が浮かび上がる。沖縄タイムス報道が目に飛び込んでくる。沖縄県幹部はこの現実をどう見るのだろうか。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:13| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月21日

ボブ・ディラン「風に吹かれて」

ボブ・ディラン「風に吹かれて」
〜人はどれ位の道を歩めば、人として認められるのか〜
 
ノーベル文学賞に輝いたボブ・ディラン。アメリカの輝かしい歌曲の伝統の中で、新しい詩的表現を生み出してきた。

ボブ・ディラン「風に吹かれて」の歌詞が沖縄と重なる。人はどれ位の道を歩めば、人として認められるのか。

白い鳩はどれ位海を乗り越えれば、砂浜で休むことができるのか。

どれ位の砲弾が飛び交えば、永久に禁止されるのか。人々は何年経てば、自由の身になれるのか。答えは風に吹かれている。

ボブ・ディランは時代や体制への糾弾に始まって、シュールな心象風景や関係性や朴訥な愛を歌った。おびただしいほどの情景と心象、そしてイメージを紡ぎ出している。

沖縄に吹く風はどうか? 辺野古で、高江で権力の風が吹いている。大阪県警の警察が基地に反対する沖縄県民を土人と呼んだ。松井一郎大阪知事と鶴保庸介沖縄担当大臣がそれを擁護した。

昨年暮れに元毎日放送記者・西村秀樹さんと那覇市栄町の居酒屋で泡盛を飲み機会があった。

「沖縄土人発言は植民地意識だ」。「差別を許さないという姿勢を明確に打ち出すべきだ」・・・西村さんの言葉が心に残る。

ボブ・ディランの言葉に共感する。「世の中で一番の悪党は、間違っているものを見ても、それが間違っていると頭でわかっていても、目を背けるやつだ」

辺野古新基地を巡り国が沖縄県を訴えた裁判で、県側が敗訴した。最高裁は弁論を開かず、自治侵害の訴えを棄却した。最高裁判決は県民との隔たりが大きい。沖縄から民主主義を奪い去る判決だ。行政に追随した司法判断に失望を禁じ得ない。色褪せた司法の姿があった。

人々の悲しみが聞こえるのか・・・ボブ・ディランがしゃがれた声で淡々と歌う歌詞は今の沖縄にもつながる。

* * *
辺野古で、高江で、生きるために苦しむ人がいる。沖縄戦を生き抜いた古老の姿を見るのがつらい。生きるために傷つき、それでも故郷を守る・・・・。苦悩は深い。母なる辺野古の海が泣いている。

ボブ・ディラン「風に吹かれて」を聴きながら沖縄の平安を求める。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:42| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする