2017年01月24日

教員採用試験に介入『安慶田副知事』辞任

教員採用試験に介入『安慶田副知事』辞任
〜権力の乱用をどう制御するのか〜

教員採用試験で特定の複数の受験者を合格させるよう働きかけた、沖縄県副知事・安慶田光男氏が1月23日辞任した。疑惑について複数の関係者が証言。本人は否定しているが、多くの県民はその姿勢に憤りを覚えているのではないか。

沖縄タイムス、琉球新報の報道を読むと、安慶田副知事の体質、振る舞い、人間性に疑問符が付く。関係者の一人は「副知事の地位を利用して事実上の指示。どう断るか内部で問題になった」と具体的に証言しているからだ。

さらに驚くことは、一般職員は倫理規定の対象であるが、特別職による口利きはルールがない」という。この感覚は一体何だろう? ルールがなければ許されるのか。

平敷昭人県教育長は、具体的な証言が報道されているが「採用試験は公正・公平に行われた」と証言する。平敷氏は政治力で昇任した方であると報道されている。

沖縄タイムスは、「関係者が圧力を感じた」と具体的に報道。「副知事から『よろしく』という話が来ている。どうやって断ったらいいか」「公平性の観点から絶対にできない」・・・教育庁の関係者の証言である(1月18日付・沖縄タイムス)。

1月18日付の沖縄タイムスは伝える。
「ある関係者によると、安慶田氏は複数の受験者の名前や受験番号が手書きされたメモを県教育側に渡していた。結果公表に合わせ、県教委側が依頼に応じられなかった旨を安慶田氏に伝えたところ、幹部が副知事に呼びだされたという。この関係者は露骨な圧力を感じたという」・・・安慶田氏の権力丸出しで部下への威圧報道に接し、リーダーの資質を疑った。

翁長雄志知事は「副知事に確認したところ、教育委に働きかけを行った事実はないと聞いている」と本人確認だけで安慶田氏の疑惑を否定した」「県教委も否定し調査を打ち切る」という。「安慶田氏は続投に意欲を見せる」(1月21日付・沖縄タイムス)。

限られた身内の調査で幕引きを図ったが、深刻な不信と疑念は増幅するばかりである。

夜が更け、このブログを書いている今、1月23日付の琉球新報電子版は、「県政混乱は重大」「安慶田副知事が辞職理由説明」と報じた。

同紙によれば、教員採用試験を巡る安慶田光男副知事の口利き疑惑で、翁長雄志知事は安慶田氏の辞任を23日付で承認したという。翁長知事は会見で「胸をかきむしられる思いだが、本人の意思は固く承認した」と説明。一連の事態については「大きな混乱と不安を抱かせる結果になり、申し訳なくおわび申し上げる」と県民に陳謝した。(1月23日付・琉球新報電子版)。

さらに驚いたことは、同紙は「安慶田氏が2015年の教員採用試験の1次試験の後、3〜4人分の氏名と受験番号が書かれた紙を教育庁関係者に渡し、合格させるよう口利きがあったことを証言している。このほか、県教育庁の幹部人事で複数年、働き掛けをしたとされる人事介入疑惑が取り沙汰されている─と報道する。

安慶田氏に言えることは「権威の希薄な人ほど、権力にすがる」ということではないか。
権力の乱用をどう制御するのか。腐敗の因子をどう除去するのか。県民は慧眼で見なければならない。

教員採用試験への権力介入について、教育庁は子供たちにどのような姿勢で向き合うのか。「道徳」をどう説くのか。隠ぺいは許されるものではない。権力者の言いなりになる教員採用試験はこれでいいのか。教育関係者に求められるのは、徹底的に「病(やまい)の根」を断ち切ることではないのか。

権力は中毒になるというが、安慶田副知事の権力の代償は大きい。馬脚を現すのはよくない。リーダーたらんとするものは、肌身にしみて反省すべきだ。権力にすがって世間を甘く見るのは許されない。
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2017年01月06日

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」C

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」C
〜首里城で沖縄を考える〜

沖縄には戦国時代があった。太平の世を寿ぐ「渡りぞう」「「瀧落とし」の演奏が生まれた。力強い手踊りが首里城から響いた。時を巡って舞踊に対話を求めた琉球は「内なる心」があった。天来の響きだろうか。過去が語りかける。

琉球舞踊には深い癒しの力が流れている。沖縄の扉の向こうでは米軍基地がある。沖縄人はつまずいても、傷ついても心の重圧から自らを解き放ち、文化を築いてきた。敗戦後の沖縄で庶民の踊り「雑踊り(ぞうおどり)」が生まれた。

多彩な琉球舞踊が首里城にこだまする。「鳩間節(はとまぶし」は心躍る二才芸能だ。「貫花(ぬちばな)」は恋する女性を表現した踊りは庶民の感覚を胸に秘める。沖縄の正月は真の喜びと恵みに出会うことができる。

琉球王国と多彩な琉球の踊りについて述べたが、450年前から沖縄は高度な文化王国だったのだ。沖縄人を土人と呼んだ大阪府警の機動隊員がいた。松井一郎大阪知事がツイッターで「一生懸命、命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」と書き込んだ。

松井知事の人権感覚は見るに堪えない低レベルだ。昨年10月21日に松井知事は、「機動隊勤務ご苦労様だというのは当然だ」と持論を再度展開。「出張ご苦労様」と警察官をねぎらう発言内容を撤回しないと述べた。心のボルテージが低い。

このような知事がいることは大阪の恥であり、日本の恥である・・・昨年12月10日、対外問題研究会の忘年会で大阪出身の文化人が発した言葉である。

沖縄県民は内なる真実に向かって、自らをひらめいている。思い出さねばならないことは、目先の現実に飲み込まれている政治家がいることだ。基本的な人間の品格が欠落している。

基地が沖縄を不幸にしてきた。さらに今年は辺野古新基地が本格化する。沖縄県民は生きていくために力を要する。沖縄の真理を求める年にしたい。樹木が光を求めるように沖縄県民は平和を求める。心の重力から解き放される沖縄でありたい。(この項終わり)
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2017年01月05日

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」B

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」B
〜首里城で沖縄を考える〜

首里城で見る琉球舞踊の響きは心にしみる。苦難の歴史の中で文化が芽生えた。人々はすべてを忘れて、地上に生きる喜びを知る。文化は試練を克服する。

沖縄の古典舞踊「かぎやで風」が首里城で披露された。祝賀の時の座開きとして踊られる祝賀舞踊だ。数ある古典舞踊の演目の中でも、最も敬愛され親しまれている。人生の喜びを朝露を受けた「つぼみの花」が開こうとしている風情にたたえ、自然のみずみずしい表現は素晴らしい。

琉球王国時代、中国からの使節である冊封使(さっぷうし)歓待を芸能でもてなした。琉球王国は貿易で栄えた。そうして琉球舞踊が発展し、古典舞踊または宮廷舞踊の花が開いた。

古典舞踊は、老人踊、若衆踊、女踊、二才踊、打組踊に分類される。廃藩置県後、舞踊に心得のある士族が芸で身を立てようと那覇で興行を始めたことから沖縄芝居がスタートする。その中から生まれた庶民の踊りを「雑(ぞう踊り)という。解説付きの琉球舞踊を堪能した。

青空の首里城に「四つ竹」の舞に外国人がうなった。基地問題で取材に来た英国人だ。琉球舞踊は外国人の心を結ぶ。真実の沖縄を知ったという。沖縄を知る鍵を手にしたのではないか。

南国沖縄の美を象徴する「花笠」をかぶり、「紅型衣装」と手には「四つ竹」を打ち鳴らし踊る祝賀舞踊。沖縄の文化が結晶する新年の幕開けにふさわしい。首里城は遥かな文化の旅へと誘ってくれた。
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