2017年01月05日

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」B

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」B
〜首里城で沖縄を考える〜

首里城で見る琉球舞踊の響きは心にしみる。苦難の歴史の中で文化が芽生えた。人々はすべてを忘れて、地上に生きる喜びを知る。文化は試練を克服する。

沖縄の古典舞踊「かぎやで風」が首里城で披露された。祝賀の時の座開きとして踊られる祝賀舞踊だ。数ある古典舞踊の演目の中でも、最も敬愛され親しまれている。人生の喜びを朝露を受けた「つぼみの花」が開こうとしている風情にたたえ、自然のみずみずしい表現は素晴らしい。

琉球王国時代、中国からの使節である冊封使(さっぷうし)歓待を芸能でもてなした。琉球王国は貿易で栄えた。そうして琉球舞踊が発展し、古典舞踊または宮廷舞踊の花が開いた。

古典舞踊は、老人踊、若衆踊、女踊、二才踊、打組踊に分類される。廃藩置県後、舞踊に心得のある士族が芸で身を立てようと那覇で興行を始めたことから沖縄芝居がスタートする。その中から生まれた庶民の踊りを「雑(ぞう踊り)という。解説付きの琉球舞踊を堪能した。

青空の首里城に「四つ竹」の舞に外国人がうなった。基地問題で取材に来た英国人だ。琉球舞踊は外国人の心を結ぶ。真実の沖縄を知ったという。沖縄を知る鍵を手にしたのではないか。

南国沖縄の美を象徴する「花笠」をかぶり、「紅型衣装」と手には「四つ竹」を打ち鳴らし踊る祝賀舞踊。沖縄の文化が結晶する新年の幕開けにふさわしい。首里城は遥かな文化の旅へと誘ってくれた。
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2017年01月04日

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」A

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」A
〜首里城で沖縄を考える〜

琉球国王の聖寿を祝い、王国の繁栄を祈る儀式があった。朝之御拝(ちょうぬうぬふぇ)というものだ。琉球王国を知り、戦後の苦難な歴史を思い浮かべ、沖縄の今を考える機会となった。

朝之御拝(ちょうぬうぬふぇ)─念頭に当たり琉球人が国王の聖寿を祝い、琉球王国の繁栄を祝う。沖縄は独立した王国だったのである。

琉球王国には、「大通り(おおとーり)」という儀式がある。国王をはじめ諸臣が順々にお祝い酒「泡盛」の杯を回し飲みし、国王が朝賀に出席して諸臣を祝福したことに感謝する。国王と王子、王孫の繁栄を祈る儀式だ。

観光客に甘酒がふるまわれた。未生に響きがある儀式が続いている。琉球国には光があったことを知る。琉球の新たな世界を知った。

今の沖縄はどうか。米軍基地に苦しみ、悲しみ、途切れのない災厄。見るに耐えぬ人々の不幸がある。琉球王国から忍土・沖縄へ変わった。

首里城で歴史の顕現を見た。沖縄返還とは何であったのか。日本復帰という仮面の下で基地の島・沖縄は忍土の定めか。立ち止まって首里城で琉球の踊りを見て考えた。文化は政治に勝る。外国から、本土からの観光客は首里城に潜んでいる沖縄の文明の姿を見たと思う。そこには遥かなる時の流れがあった。
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2017年01月03日

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」@

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」@
〜首里城で沖縄を考える〜

2017年の幕開けの首里城へ初詣に出かけた。灼熱の太陽がまぶしい。真夏並みの暑さに観光客もびっくりしていた。

首里城の創建は14世紀ごろと言われ、その後1429年に尚巴志(しょうはし)が三山を統一し、琉球王国が成立して以来1879年最期の国王・尚泰が明治政府に城を明け渡すまで約450年にわたって琉球王国の政治・外交・文化の中心地として君臨してきた場所だ。

炎天下の中、外国から、本土からの観光客であふれている。

子之方御拝(にぬふぁうぬふぇ)の儀式があった。この儀式は国王をはじめ王族、それに王国の高官である摂政、三司官から諸役はもとより庶民の愛表まで参列する琉球王国の行事である。厳粛な儀式のなか上下が心をひとつにして新年を仰ぎ、平和・平穏を祈願する儀式だ。

昨年は辺野古移設問題で揺れ動いた年だった。大阪府警から派遣された機動隊員が沖縄県民を土人と呼んだ。辺野古、高江の新基地建設、混乱と悲苦の年だった。戦後72年を迎える忍土・沖縄の姿がある。沖縄の疼き、これが復帰45年を迎える沖縄だ。

目を覆いつくす不条理、国家権力。けれども県民はたくましい根をひとつにする。美しい国・日本というが、沖縄から見れば日本は醜い国家である。

首里城で復帰45年の節目を迎え、過去を問い直し、沖縄の真理を求め、思索する年であることを祈った。

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