2018年05月20日

■戦後100年「沖縄の未来像」シンポジウム


■戦後100年「沖縄の未来像」シンポジウム
〜沖縄大学地域研究所「土曜講座」〜

5月19日、沖縄大学アネックス共創館で沖縄の未来像に関するシンポジウムがあった。2045年を展望した「土曜講座」である。

地域と共に生きる「沖縄大学」。その思想は地域に根差している。県内外の識者が登壇。沖縄の未来像について語った。

この企画はすばらしい。100名余の県民が聞き入った。沖縄は成長し続けるだろうか。6次振興計画はあるだろうか。沖縄は自らの力で未来を切り開いていかねばならない。県民は「志」を抱いて、沖縄の未来を築いていかねばならない。

2045年の沖縄はどうなっているだろうか。国も県も「生命力あるビジョン」を描くべきだろう。元琉球大学・故山里将晃教授から聞いた言葉が脳裏に思い浮かぶ。

「過去を知ることで現在を認識し、未来につないでいこう」3次振興計画策定時に山里先生は国の沖縄振興開発審議会委員であったが、出張先の北の大地、札幌でこう語った。

沖縄振興50年後の沖縄。我々は白いキャンパスの前に立ち、絵筆を持ち沖縄の未来像を描こうではないか。
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2018年05月16日

■5月15日は「沖縄復帰46年」


■5月15日は「沖縄復帰46年」
〜沖縄振興の本質を問う〜

米軍政下から日本復帰してから46年。那覇市与儀、「日本政府南方連絡事務所の跡」を訪ねた。

ここに立つと、戦後沖縄の歴史を思い浮かぶ。GHQが沖縄に関与したことだ。占領後の沖縄に苦慮した米軍。本土との分断、遺骨の散乱、県土の破壊、1年間の無通貨時代。米軍政下の沖縄に「日本政府・南連」設置。国家の沖縄差別の構造。

1970年5月、沖縄・北方対策庁発足。この地で沖縄復帰対策に携わった。1972年5月15日、沖縄復帰記念式典で会場案内係。大粒の雨が降り注いだ。隣の与儀公園では核付返還反対の県民が集結し大衆デモ。天が沖縄復帰に涙を流した。

復帰時に沖縄開発庁発足。沖縄振興の新たな歴史が胎動した。歴史の節目に関わった。あれから46年。沖縄はどう変わったか。

沖縄振興予算は2018年度まで11兆2,000億円。96万人の人口は144万人に増加。県内総生産は4,592憶円から4兆511億円に大幅に拡大。社会資本は本土並みになった。44万人の観光客は1,000万人に届く勢いだ。だが、1人当たり県民所得は全国の74%。失業率は全国一高い。子供の相対的貧困率29.9%(全国13.3%)。失業があふれる社会だ。

「償いの心」で沖縄予算が投入されたが、基地問題と共振し「官邸操縦型」予算に変質、歪みが生じた。2014年度以降の沖縄予算は基地問題と関連付けて毎年減額、自主財源の乏しい県・市町村財政は硬直化する。自由度の高い一括交付金も切り込まれるありさまだ。

11兆円余の沖縄振興予算は本土資本優先。沖縄予算はODAのように本土に還元し、資金循環しない構造がつくられたのだ。

復帰46年・・・沖縄振興の本質を問う。
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2017年03月09日

沖縄予算一括計上の本質I

沖縄予算一括計上の本質I
〜敗戦後の財政援助から沖縄予算へ〜

(1967年度の日政援助)
国の財政援助から5年を迎えた1967年度の日本政府の沖縄援助予算。対前年度2倍強の58億円余の予算が確保された。産業振興、国土開発などだ。分断された日本と沖縄。植物防疫対策費が芽出しする。産業開発資金は5億円。医師派遣経費、精神衛生、結核対策などの社会福祉医療に10億7822万円計上。

公営住宅援助金に9036万円の予算が確保された。沖縄は国策であるハンセン病対策から取り残されていたが1967年度の援助予算は1561万円。分断後20年間、国から見捨てられていた沖縄のハンセン病患者。1965年度財政援助予算で861万円の援助を開始してから3年目の予算であるがわずかに増額。

今、米軍統治下の日本政府の対沖縄財政援助予算をめくると沖縄のハンセン病患者の心情に心を痛める。日本にとって国家とは何か。政治的分断、経済的分断、社会的分断の断層を見る思いだ。この予算は沖縄社会の底辺を照らしているとは思わない。精神病医薬品に821万円の援助予算。フイラリア対策に1080万円。医療保険制度運営費は6000万円だった。

戦後22年を迎えていたが、初めて「沖縄教職員給与」援助予算19億円が計上。教科書無償給与1829万円の予算も計上された。前年度から芽出しした公立学校施設整備に4億5537万円の援助も確定した。学校備品購入に1億2851万円、育英奨学事業として5476万円の援助金が予算化された。

沖縄への技術援助1億859万円も確定した。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:44| 検証・戦後67年の沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする