2017年03月09日

沖縄予算一括計上の本質I

沖縄予算一括計上の本質I
〜敗戦後の財政援助から沖縄予算へ〜

(1967年度の日政援助)
国の財政援助から5年を迎えた1967年度の日本政府の沖縄援助予算。対前年度2倍強の58億円余の予算が確保された。産業振興、国土開発などだ。分断された日本と沖縄。植物防疫対策費が芽出しする。産業開発資金は5億円。医師派遣経費、精神衛生、結核対策などの社会福祉医療に10億7822万円計上。

公営住宅援助金に9036万円の予算が確保された。沖縄は国策であるハンセン病対策から取り残されていたが1967年度の援助予算は1561万円。分断後20年間、国から見捨てられていた沖縄のハンセン病患者。1965年度財政援助予算で861万円の援助を開始してから3年目の予算であるがわずかに増額。

今、米軍統治下の日本政府の対沖縄財政援助予算をめくると沖縄のハンセン病患者の心情に心を痛める。日本にとって国家とは何か。政治的分断、経済的分断、社会的分断の断層を見る思いだ。この予算は沖縄社会の底辺を照らしているとは思わない。精神病医薬品に821万円の援助予算。フイラリア対策に1080万円。医療保険制度運営費は6000万円だった。

戦後22年を迎えていたが、初めて「沖縄教職員給与」援助予算19億円が計上。教科書無償給与1829万円の予算も計上された。前年度から芽出しした公立学校施設整備に4億5537万円の援助も確定した。学校備品購入に1億2851万円、育英奨学事業として5476万円の援助金が予算化された。

沖縄への技術援助1億859万円も確定した。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:44| 検証・戦後67年の沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(27)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(27)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

■沖縄が返還された場合、核が撤去されているかどうか疑念を持っている。この疑念に対し、政府は前向きで解消することはできないか。

(福田外務大臣)
疑惑に対する最大の措置は、書簡だと思う。アメリカ政府が大統領の指示と許可のもとに、もう核は撤去されたと公式に言っている。核の問題についての疑惑を解く資料としてこれ以上のものはないと思う。

一般的に、常識的に見てどうも怪しいところがあるという問題があれば、権利として点検はしないが、疑惑を解明するに足る十分な調査はする。

■疑問点としてあげた、従来毒ガスが貯蔵されていた地域、レッド・ハット・エリアは再点検したのか。ほんとうに毒ガスがないということであれば、知花弾薬庫の貯蔵庫一帯を最調査、再点検をしてもいいという合意まで取り付けたわけか。

(福田外務大臣)
再点検はしていない。再点検するという合意もしていない。しかし、アメリカ政府の回答、また軍当局の説明から総合して、アメリカの回答を信頼している次第である。

■10月21日に天願桟橋からジョンストン島へ、毒ガスが運ばれた疑いがある。これについてどういう調査をしたか。

(外務省吉野アメリカ局長)
去る9月10日をもってすべての沖縄地区の毒ガス兵器が撤去されたという9月20日付のランパート高等弁務官の屋良主席あての書簡で十分であると思っていたが、念のためにさらに米側に確認を求めたところ、米側は毒ガス兵器を含む生物、化学兵器はむろんのこと、枯葉剤も一切存在しないということを明言した次第である。

なお、267化学中隊は、毒ガス撤去作業が終わった9月27日に解団式を行い、130名の隊員のうち85名はジョンストン島へ移駐し、残余は他に配属、または一部退除している。また、毒ガス兵器の輸送されたあとの貯蔵庫は、通常兵器の貯蔵庫として利用している。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:21| 検証・戦後67年の沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月29日

米軍政下の沖縄財政援助をめぐる国会論戦(45)

米軍政下の沖縄財政援助をめぐる国会論戦(45)
〜1967年特別国会質疑のポイント〜

■問38 沖縄産パイン缶詰の保護措置はどのようにされているか。特にグローバルパイン缶詰に対する暫定関税定率の適用はいつまで続けるつもりか。またパイン缶詰の自由化についてどのように考えているか。

沖縄産パイン缶詰の保護措置としては、その関税の免除、沖縄以外の地域についての輸入割当制の採用及び沖縄におけるパイン産業の合理化が達成されるまでの暫定措置としての55%の暫定関税(基本税率は45%)の適用を行っている。

現行の暫定関税率の適用については、すでに関税率審議会より1年間(1967年4月1日から1968年3月31日まで)延長の答申を得ているが、1968年度以降は琉球政府が1966年〜67年度から実施している第2次合理化計画の進捗状況を見たうえで慎重に検討したい。

またパイン缶詰の自由化についても同合理化計画の進捗状況を勘案したうえで、慎重に検討したい。

■問39 沖縄産パインの合理化計画はどのようなものか。またこれに対し、本土政府はどのように協力しているか。

琉球政府で立案した第1次合理化計画は、本年をもって終了するので、引き続き1970〜71年期を目標年次とする第2次合理化計画を立案中であるが、この第2次計画の主な指標としては、5ヵ年計画で最終年度1970〜71年度において、栽培面積を5,900ヘクタール、生産面積量119,000トン、反収を9.9トン、缶詰生産量を280万ケースとするものであってその結果、標準品で約16%(CIF日本)の価格引き下げを予定しているといわれている。

この目標達成のために、優良種苗の増殖普及、栽培面の機械化促進の原料生産面の改善、普及宣伝活動の強化、出荷調整等の販売面の改善等を考慮している模様であるので、本土政府としては、これらの合理化計画の実行に対し、技術援助並びに財政援助等を通じて沖縄パインが我が国貿易自由化の基本方向に一日も早く対処できるような国際競争力を向上せしめて行くことについて、引き続き協力していく所存である。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:03| 検証・戦後67年の沖縄 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする