2012年04月01日

琉大生が見た「沖縄基地問題」(38)

琉大生が見た「沖縄基地問題」(38)

◆新たな基地建設について(最終回)

 総合社会システム学科・W(男性)

 2008年度の基地所在市町村に入る基地収入は276億円余。名護市、恩納村、宜野座村、金武町の基地依存度は21%〜32%に達する。これらの市町村は財政運営について深刻に考えていくべきだ。復帰後の財政運営は基地収入が地方税収入よりはるかに上回っており、予算は基地収入がないと組めない状態である。
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総合社会システム学科・S(男性)
 米軍基地の運営経費に日本政府の税金が使われているが、震災復興に充てるべきである。基地維持費の日本側負担を減らし震災復興に使ってほしい。基地からの騒音を減らしていけば、防音関係経費は減らせるので、米軍基地の維持経費については事業仕訳が必要ではないか。

総合社会システム学科・T(男性)

  基地の経済メリットもある。雇用面で基地が無くなるとどうするのか、失業者をどう救済するのか対策がない。土地代収入がなくなる経済的影響もある。基地はなくすべきであるが、経済的影響も無視できないので返還後の経済対策を示してほしい。基地従業員は高齢化している。転職は不可能だ。基地返還で摩擦的失業が発生するがどうするのか。

総合社会システム学科・I(男性)

 北部振興事業でつくった建物は本当に必要だったのか疑問である。市町村財政の重荷になっている。北部振興事業は、地域の財政力の弱さに付け込んで基地受け入れの目に見える形で「箱もの」をつくってきたが、維持管理費で市町村の財政を悪化してしまった。費用対効果を検証すべきだ。


総合社会システム学科・M(女性)

 基地ができたから沖縄には産業が発生しなかった。逆もある。産業がないから北部に基地を引き受ける方々もいる。はっきり言えるのは、このまま基地とリンクした振興事業に頼り続けるのであれば、北部地域の自治は失われたままになる。


 北部振興事業は必要であるが、度が過ぎれば自治体の自治を失わせてしまう「両刃の剣」である。基地という負担を背負う以上、自治体には振興事業費、交付金などを受け取る権利はあるが、受け取った後に政策を立て、基地依存度からどのように脱却していくのか考える責任も自治体にはある。
嘉手納飛行場2.jpg


総合社会システム学科・M(男性)
  基地を受け入れて経済発展を取るか、環境破壊、事件・事故の基地被害から反対を唱えるのか分かれている。振興策目当ての基地誘導策は将来に禍根を残す。基地で地域は疲弊した。北部振興策が機能していないことが実証している。基地は地域住民を不幸にする。振興対策は基地と切り離して考えるべきだ。沖縄は国策の犠牲者である。基地受け入れの条件としての振興策では犠牲を埋めることができない。

総合社会システム学科・T(男性)
  基地には固定資産税、電気税などの日本政府の課税権がない。基地から税金は取れない。逆に基地維持費に日本政府の税金を使っている。米軍の家族は電気・水道料金・ガス代も日本政府が「思いやり予算」で負担している。国家財政は危機に瀕しているが日本は米国に貢いでいる。日本国はどこかおかしい。米軍に使う金があれば、東日本の復興資金に使うべきだ。

□ □ □
終わりに

 琉球大学の学生が見た沖縄の基地問題についてシリーズで掲載した。現実を直視した意見である。

SACO(日米特別行動委員会)に基づき普天間飛行場のキャンプ・シュワブ移設合意の閣議決定を受けて、莫大な基地関連の財政投資がなされているが、北部地域は経済活動の停滞、税収の落ち込み、雇用不安等が見られ地域は疲弊している。


 基地とリンクした振興策で沖縄は豊かになったか? 展望の見えない沖縄の基地問題。不信感が横たわる民主党政権の基地政策。本末転倒以外の何物でもない。

 沖縄の心は日本政府に届いていない。方便で塗り固めた辺野古移設は県民との隔たりを大きくする。経験不足と展望のない政治家が沖縄を不幸にする。未来が見えないところで沖縄県民は苦しんでいるのだ。この現実を胸に刻んで欲しい。基地に依存して沖縄の未来はない。

 政治の役割は何よりも沖縄から米軍基地撤去の形を示すことに尽きる。(宮田裕)

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2012年03月31日

琉大生が見た「沖縄基地問題」(37)

琉大生が見た「沖縄基地問題」(37)

◆新たな基地建設について

 総合社会システム学科・M(男性)


 普天間飛行場をキャンプ・シュワブ沿岸部に移設することは、結局は沖縄にあった基地をまた沖縄に移すことを意味し、沖縄から基地を無くすという県民の意思を無視していることになる。

民主党はマニフェストで沖縄の米軍基地を見直すと公約し選挙で圧勝した。鳩山首相は普天間は少なくとも県外移設を唱え、沖縄県民に大きな期待を抱かせた。沖縄県民は民主党政権の誕生に期待し投票した。しかし、民主党政権が誕生すると鳩山首相は、「学べば学ぶほど沖縄の抑止力を理解するようになった」と述べた。さらに「沖縄の地政学上の重要性を理解するようになった」とも述べた。
キャンプ・シュワブ陸上部分.JPG

 
 沖縄県民の思いは完全に裏切られた。県民が望んでいる普天間の県外移設は民主党政権の変節で挫折した。明らかに公約違反である。沖縄の苦悩・犠牲より日米安保を優先したのだ。


 アメリカに目を向ける民主党政権。県民を裏切った行為は許せるものではない。残念の一語に尽きる。沖縄を裏切った責任は重い。


民主党と政府は自らの言葉にもっと責任を持ってほしい。日米は従属関係にある。従属関係の背景には常に沖縄の犠牲が伴う。米国一辺倒の日本外交の背景には「沖縄差別」がある。

普天間の県外移設のハードルは高くなった。ハードルを高くしたのは日本政府である。日本政府は沖縄の歴史と苦悩を知らない。理解しようともしない。誠意も示さない。沖縄の心は抑止力の言葉で打ち消される。日本政府は沖縄の基地問題解決のために普天間の県外移設で米国と再協議すべきである。


基地問題が解決できないのは日本外交の弱さにある。日本外交は沖縄県民の苦悩を取り除くべきであるが、それより日米関係を重視する。


民主党政権の「ごまかし」が沖縄県民の苦悩を深めた。厄介な沖縄の基地問題はいつ解決されるのだろうか。沖縄県民は戦後66年余、抑圧された「基地被害」を背負ってきたが、さらに我慢せよというのだろうか。


日本政府が沖縄問題を語る場合、「地政学」という言葉がある。この「地政学」という言葉が沖縄県民の心に重くのしかかる。沖縄県民の願望は、過重な米軍基地の負担から解放されることである。危険な普天間飛行場を県外へ移してもらいたいということである。きわめて単純なことであるが、日本政府は「抑止力」の言葉で沖縄県民の思いを踏みにじる。


玄場外務大臣は日米合意を進める。踏まれても沖縄を説得して辺野古移設を進める─と発言した。この言葉は沖縄県民の心を全く理解していないどころか見当違い、県民無視も甚だしい。県民との意識の乖離を露呈した。理不尽に感じる。


国際情勢の変化で沖縄の海兵隊のプレゼンスは弱まっている。米国は海兵隊の分散政策を打ち出した。日本外交は現実を直視すべきではないだろうか。


写真:キャンプ・シュワブ陸上部分(宮田裕撮影)

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2012年03月30日

琉大生が見た「沖縄基地問題」(36)

琉大生が見た「沖縄基地問題」(36)

◆新たな基地建設について

 総合社会システム学科・O(男性)


結論から言えば、新たな基地建設はいらない。基地が無くなった場合、沖縄の可能性について述べたい。米軍が管理している港を貿易港として利用することを提案する。那覇軍港、ホワイトビーチ、天願桟橋は有望だ。貿易の利益、港町としての地域発展に役立つ。


 基地は生産性がない。新たな基地建設は地域の発展を阻害する。シュワブの海岸に基地が建設されると沖縄のきれいな海と海洋資源が失われる。沖縄の海が米軍による防衛のために使われると水質汚濁、サンゴ破壊、漁業資源などが失われ周囲の海の価値を低めることになる。
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 沖縄の歴史は海と共に発展してきた。海の幸で生計を維持してきた祖先の教えを大切にしたい。地域力とは地域の資源を大切にすることだ。海上基地建設で環境破壊が生まれる。周辺陸上部には貴重な植物・生物が生息しているが基地建設で影響を受ける。集落の生活にも影響を与える。平和な集落で米軍の事件、事故も起こる。騒音もある。オスプレイが配置されると低周波障害など健康被害も懸念される。


 
 普天間飛行場のヘリが沖縄国際大学に墜落した。普天間は危険だから辺野古へ移すという。辺野古に危険が移る。人の命の危険は人口の大小の問題ではない。人命の危険につながる基地に反対である。

 
 新たな基地建設の防衛上のメリットは分からないが、失われるのが大きいのではないか。基地建設を進める前に、地域の不安、危険、環境破壊、治安の問題等真剣に考えてもらいたい。


海兵隊による少女暴行事件を契機に普天間移設が日米で議論された。静かな北部の集落で米兵隊員が横行すると治安は確実に悪化し農村風景が変わる。米兵相手の飲食街もできるであろう。


新たな基地を建設することは、県民の苦しみが絶対的に増えることは違いない。当然これは県民の意思に反する。つまり、新たな基地建設に沖縄県民が反対しているにも関わらず、強行された場合、日本の中央政治体制は民意を反映しないことになる。政治の流れは中央集権体制から地方主権、地方の意見を重視する流れがある。県民意思を無視し新たな基地建設は地方分権への流れに逆行するみものであり、この問題は沖縄の問題に収まらない。


日本には外交がない。民主主義がない。政治の在り方が問われているのではないか。


写真:沖縄の海兵隊員
新たな基地が建設されると海兵隊員が「のどかな農村」を闊歩することを恐れる。

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