2012年03月25日

琉大生が見た「沖縄基地問題」(32)

琉大生が見た「沖縄基地問題」(32)

◆基地とリンクした振興策

 総合社会システム学科・A(女性)


沖縄では基地と関連した形で生活周辺整備事業、基地交付金などが交付されています。その他、島懇事業、北部振興事業が交付され「箱もの」がつくられました。公共事業は地域以外の業者が請負っており地域の経済活動には役立っていないのです。


 市町村財政は「箱もの」行政の弊害というか、ランニングコストで一般財源からの持ち出しが増えて悪化しております。さらに基地市町村の抱える問題点は、歳入は基地収入に依存しており、一向に改善されていません。基地と財政は密接に関連し、このような構造的な問題から抜け出すことができないのが他府県と違う沖縄市町村の特徴となっています。基地収入が基地所在市町村の大きな収入源となっており、基地連鎖の財政構造ということです。
海兵隊演習1.jpg

  名護市は振興策が実施され、基地資金が投入されましたが財政は以前より悪化しています。負債も増えています。
 
 私は沖縄市の「コザミュージックタウン」に興味があり利用したことがありますが、ちょっと音楽を聴くだけでも駐車料金が高くてもう行く気にはなりません。立地条件も悪くなぜ、この場所なのと不思議に思っています。果たして地域住民はこの場所につくることを望んでいたのでしょうか。稼働率も悪く、税金でつくる必要性があったのか疑問が消えません。

 
 ミュージックタウンは夜になると外人がたむろします。県内から多くの若者のたまり場となっており、異様な雰囲気です。基地受け入れの振興策でできましたが地域にとって便益をもたらしているとは思いません。基地維持の不条理な施設です。


  辺野古に普天間飛行場を移設する環境アセスの状況にも不信感を抱いています。沖縄防衛局が夜明け前に申請書を県庁に運び込んだことです。日本政府は「基地ありき」の姿勢で沖縄に接しており、経済状況の悪い沖縄に補助金、振興策といったあの手、この手で「アメ」をやり、基地受け入れを強要しているように感じます。

沖縄はその時々で、特定の利益団体が基地からの利益を強調し、基地を受け入れたいと賛成を表明する人々がいます。自分の利益のためなら基地を歓迎しています。さらに基地反対論者を封じ込めています。


 
 戦後、基地に苦しんできた沖縄の歴史、基地被害の実態を無視してでも、基地を介在して甘い利益を得るためには基地を受け入れるように動いています。


日本政府はそのような方々に接して基地を建設する環境づくりをしているような感触も見え見えです。踏まれても沖縄に理解を求めて日米合意を進めるとする日本政府の発言を新聞で読みました。


 
 日本政府は一体どこの政府でしょうか? 沖縄県民は日本政府を踏んだことがあるのでしょうか? 沖縄を踏みつけてきたのは日本政府そのものです。


戦後66年、沖縄は基地に苦しめられてきました。差別されてきました。さらに基地押し付けの波がひしひしとしのびよります。


 犯す前に犯しますか・・・といいましたね。沖縄を犯すと婦女暴行に例えましね。沖縄を犯してでも基地をつくるのですか? 沖縄をいつまでに犯し続けるのですか? 日本は民主主義不在の国家です。


沖縄を犠牲にしてでも沖縄に基地をつくる・・・日本政府の立ち位置は米国を向いているのです。不条理、構造的差別はいつ解消されるのでしょうか。沖縄の悩みはいつ解消されるのでしょうか。


写真:沖縄の海兵隊(北部訓練場)

posted by ゆがふ沖縄 at 00:10| 琉大生が見た沖縄基地問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

琉大生が見た「沖縄基地問題」(31)

琉大生が見た「沖縄基地問題」(31)

◆基地とリンクした振興策

 総合社会システム学科・K(男性)


沖縄は戦後アメリカの施政権下に置かれ、敗戦国としての屈辱を味わいながら数々の不平等な扱いを受けてきた。日本政府からも見放され、米国の施政権下で27年間苦難な歴史を生き抜いてきた。


 19725月、日本復帰を果たしたが、復帰後も変わることがなく米軍基地が集中している。日米安保に基づき米軍は沖縄に駐留しているが事件、事故が多発している。これが復帰40年を迎える沖縄の現実である。
キャンプ・シュワブ.JPG

  去った大戦で県土が破壊された沖縄は本土から分断され米軍が統治した。1950年代から対共産圏向けの米軍基地が本格的に建設され、住民は基地で働き生活を支えてきた。基地は唯一の労働力市場となった。いわゆる基地依存経済といわれるものだ。

 
 日米地位協定で日本は米国へ基地を提供しているが、不平等な内容で事件、事故が起こっても米軍優先で沖縄は泣き寝入りしてきた。日本外交は米国に意見も言えない状態が続いている。


  基地の過度な提供を押し付けられてきたが、日本政府は基地を押し付ける見返りに財政投資を続けてきた。識者は安保維持装置と表現する。日本政府の政策誘導で基地依存、財政依存体質をつくってきたといっても過言ではない。

 
 北部振興策も基地誘導政策である。一括交付金も基地があるから実現したという意見もある。


K経済という言葉がある。基地、観光、公共事業のことを言う。3Kに変化も見られるようになった。米軍統治下の沖縄は1950年代の基地依存度は50%台で推移していたが、復帰時には15%、現在は5%である。沖縄の自立的発展からも基地の経済効果は少なくなっている。基地は早期に返還した方がいい。


沖縄の基地問題で焦点となっているのが、普天間飛行場の返還、県外移設の問題である。1990年代に普天間飛行場の受け入れ先として名乗りを上げたのが名護市である。地域振興を図る条件で基地を受け入れたが、その見返りとして政府が金を落としたのが北部振興事業である。


基地とリンクして国立高専ができ評価できる部分もある。その他、名護市食肉センターなども完成し雇用なども期待されたが、事業は採算割をきたし多くの施設等で維持管理費の問題で市の財政を圧迫しているという。


単に金をつぎ込むだけの事業でなく、基地返還、有効な跡地利用こそがこれからの沖縄経済の発展には必要だと考える。基地があるから住民は不安を抱く。基地がある限り金を投入するのではなく、基地が無い自立した沖縄を目指すべきである。


日本政府の対応はいつも問題の先延ばしで基地問題を解決する姿勢は見えない。沖縄振興の条件として基地を維持する政策を見直すべきだが日本政府にその気がない。基地維持のために毎年莫大な金が注ぎ込まれているが、そのお金は我々の税金から拠出されている。基地は金くい虫である。これからの沖縄、日本の将来を見据えた場合、基地とかかわりのある振興策は先が見えなくなる。


アメリカは沖縄の基地を分散させる動きがある。沖縄の東アジア戦略の見直しを示唆しているが、日本政府は抑止力を唱え沖縄に固執する。日本政府はいつまでも沖縄基地を抱え込むのではなく基地のない沖縄、沖縄の発展、成長に目を転じてほしい。



■写真:キャンプ・シュワブ(宮田裕撮影)


posted by ゆがふ沖縄 at 00:07| 琉大生が見た沖縄基地問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

琉大生が見た「沖縄基地問題」(30)

琉大生が見た「沖縄基地問題」(30)

基地とリンクした振興策

 総合社会システム学科・T(男性)


 基地とリンクした振興策は「人参」をぶら下げて基地を受け入れさせようとする政府の考え方をあらわしていると思います。


 なぜそう思うのかというと、沖縄以外の県では基地移設の話をすれば必ず反対運動が起きます。本土での反対運動は民主党の支持率低下につながるので本土では火種を生むので基地移設をあきらめ沖縄に押し付けます。
20081023SG10145.jpg

沖縄での反対には聞く耳を持たず強引に基地建設を進めています。沖縄には基地が集中しているが、さらに基地の負担を求める。多額の金を落とすことで沖縄県民を黙らせようとしているのではないかと思いました。


 北部に基地をつくる目的で北部振興事業1千億円の金で県民の理解を求めてきました。北部の市町村は北部発展のために基地を容認しました。しかし、この10年間を振り返ってみてください。北部は振興されたでしょうか? 実際には意味のない金がばらまかれたような気がします。

 北部振興事業の目的は若者に夢を与えることでした。経済がよくなり、失業率も改善し地域が発展する目的で振興策が実施されました。何も変わっていません。島懇事業1千億円を加えると基地受け入れのために2千億円の金が落ちました。この金にもう少しの金額を上乗せすると、那覇から名護まで鉄道を建設することもできたと思います。



 基地とリンクした振興策の金は経済的な効果はないということが分かりました。振興につながっていないからです。経営学の話では、補助金を多くもらっている自治体ほど経営の効率化が悪くなるという話があります。今まさに沖縄の現状はそうした状況にあると思います。


基地があるから補助金をもらう、復帰後40年間同じことを繰り返してきました。基地と連鎖した財政構造です。国から「魚」をもらっている沖縄ですが「釣りざお」が必要です。基地があるから「魚」をもらうのではなく、沖縄に必要なものは「魚」ではなく「釣りざお」です。私は補助金を無くせと言っているわけではないのです。本当になくしてほしいのは米軍基地であり、そのためには米国の「番犬」の役割を果たしている日本政府の姿勢を改めるべきだと思います。


 
 くさいのにふたをするのではなく、沖縄県民としっかり向かい合い、魚だけを渡すのではなく、「釣りざお」を渡して沖縄から米軍基地を撤去し、県民が自らの力で立ち上がることができるようにするのが日本政府の義務ではないでしょうか。そのことが日本政府に求まられているのです。


沖縄が日本復帰するとき、外交官が努力したドキュメントを見ることがあります。沖縄に対する思い、沖縄のために苦労した話、沖縄の心をもって外交努力した姿は、今の日本政府には見られません。


沖縄に基地をつくり、新たな火種を打ち消すために金を渡すことが振興という。県民の心を金で解決することは沖縄に基地を置く口実であり、臭いものにふたをする考え方です。沖縄が日本に復帰したように、基地問題の解決に外交努力をする姿勢が求められているのです。


■写真:19691121日 佐藤・ニクソン会談
沖縄の1972年返還決定
日本政府は沖縄復帰の原点に立って沖縄基地問題の解決のために米国政府と協議すべきである。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:08| 琉大生が見た沖縄基地問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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