2017年07月28日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(43)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(43)

■沖縄振興に10兆9,403億円

検証・沖縄振興事業費と国税納付額(4)

今後は、沖縄の特性を十分に活用し他の地域では容易に求めることのできない種々の特色を有する地域として、亜熱帯農業、情報通信産業等の産業の振興、学術・文化・経済等の交流拠点、国際的規模の観光・保養地域を形成すること等により、県民福祉はもとより、わが国経済社会の中で沖縄が果たし得る役割を発揮する必要があるということであった。

すなわち、3次振興計画策定に当たり、「残された格差の是正と自立的発展の基礎条件整備を進める」とともに、「広くわが国の経済社会及び文化の発展に寄与する特色ある地域として整備を図り、世界に開かれた豊かな地域社会の形成を目指していく」ことが今後の沖縄振興を進めていく上で必要とされた。

3次振興計画は2次振計の本土との格差是正、自立的発展の基礎条件の整備を踏襲したが、新たにわが国の経済社会及び文化の発展に寄与する特色ある地域として整備する方向が示された。

基本方向は、自立、南の交流拠点、社会資本の整備を重視した。3次振計期間中に3兆4,639億円の財政資金が投入された。人口は130万人を超える目標を掲げたが、133万人に達した。

1次産業の就業者の比率は産業全体の11%を占めていたが計画では8%に減らし、減った分2次産業、3次産業に雇用を拡大する計画であった。実際1次産業の就業者8%の目標が6.2%に減った。農林水産業に雇用の比重は置かなかった。沖縄の食糧自給率は改善されなかった。遊休農地も増えた。政策論として経済フレームの設定に問題がなかったか自己反省すべきだろう。

産業構造はどうか。1次産業の総生産は県内総生産の3%を掲げたが、1.8%に落ち込んだ。就業者の比率を減らす計画に矛盾があった。農林水産業の振興を掲げながら矛盾が吹き出た結果となった。官僚が沖縄の現場を知らずに鉛筆をなめて作った経済フレームの実体だ。

第2次産業の生産額は22%の目標を掲げたが、14.4%だった。計画は沖縄の自立的発展、県民所得格差は実現しなかった。1人当たり県民所得は310万円を超える目標を掲げたが、200万円台にとどまった。

財政資金は機能したのか。財政投資の費用対効果の実証的分析はおこなわれていない。

3次振計期間中に3兆4,639億円の振興予算が投入されたが、この間、国は沖縄から2兆9,178億円の国税を徴収した。福祉・医療分野の遅れ、離島・過疎問題、返還軍用地の跡地問題等新たな課題が浮かび上がったまま、沖縄開発庁は姿を変え、沖縄行政は内閣府に吸収されていく。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:55| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月27日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(42)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(42)

■沖縄振興に10兆9,403億円

検証・沖縄振興事業費と国税納付額(3)

1985年夏だった。2次振興計画が終了した後の3次振興計画はあり得るのか、早急に検討する必要があった。なぜか?

1次振興計画を策定するにあたり、初代沖縄開発庁長官・山中貞則は、米軍支配下27年の償いは、最低30年は必要だと述べていた。当時のメモが私の手元にある。沖縄開発庁は、座標軸をもってすべての会議の記録を残している。

加計学園問題を巡って、今の内閣府は国政の重要問題で記録がない、記憶がないと報道されているが、最高の頭脳集団・官僚として考えられないことである。危うい憂国の技巧だろうか? 

沖縄行政は沖縄開発庁が消滅し、軸足を内閣府に移してから時代への適応力が失いかけていると思われる。

3次振興計画の準備は早い機会から進められていた。沖縄のためならすべてやる。沖縄開発庁の戦略シナリオだった。情熱があった。縦横無尽に動いていた。

国の沖縄振興開発審議会総合部会が開催され、同部会に専門委員会を設置し、「第2次沖縄振興開発計画の展望と戦略について」調査・審議が行われた。

二年の歳月をかけて@沖縄振興の現状と問題点、A人口及び経済フレームの見通し、B2次振興計画の課題と方策が調査・審議された。1987年に行われる海邦国体以後の2次振計後期(1987年度〜1991年度)において政府の財政事情等から考えても、財政支出の落ち込みが予想され、沖縄経済への影響が懸念されていたからだ。

当時、私は沖縄総合事務局で企画部門を担当していた。沖縄経済を特徴づけているのは、基地依存型・公共投資依存型経済であり、このような状況から沖縄経済の自立化を図るための産業の振興が緊急の課題だった。

2次振計後期においては、主要プロジェクトを発掘し、財政の落ち込みを食い止めていくことが重要な課題だった。そのために自立的発展を支える産業基盤整備へ全力投球していく必要性が指摘された。同じく沖縄の地域特性を活かした産業振興の方向づけについても模索した。

議論の主軸は、1次、2次振計における沖縄振興開発の現状と課題の総括と、併せて2次振計終了後の沖縄の経済社会を展望した沖縄振興開発の進め方に置かれた。

わが国全体の中で沖縄の有する特別な位置づけに思いを致すとき、ボーダレス化の進展とともに沖縄の地理的有利性が増してきており、沖縄の自立的発展は単に一地域としての発展にとどまらず、広くわが国全体の発展に積極的に寄与していくことができる可能性を有しているということであった。
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2017年07月26日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(41)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(41)

■沖縄振興に10兆9,403億円

検証・沖縄振興事業費と国税納付額(2)

第2次振興開発計画の経済フレームを議論していたころの記録、記憶を呼び戻しながら、ブログを書いている。2階の窓から南風原方面の夜景を見ながら赤ワインを飲むと、心地よく体に吸収していく。振興計画に携わっていたころの「想い出」が吹いてくる。現役を離れて長いが、ひとつの新しい息吹がある。

2次振計期間中に国が投じた振興予算は2兆149億円。2兆円の財政投資で社会資本は整備されつつある。この期間の経済成長率は1985年度6.0%(全国は6.3%)、1989年度6.1%(全国4.6%)の伸びを示していた。1990年度は1.2%(全国6,2%)に落ち込んだ。その他の年度は2〜4%台の経済成長を遂げた。

国の沖縄振興開発審議会専門委員会の事務を担当していた。2次振興計画の経済フレームの議論は、人口を120万人設定したが、実績は122万2千人だった。復帰後の人口増加は想定外に伸びつつある。

県内総生産に占める1次産業の構成比は6%設定したが、実績は2.6%だった。2次産業は24%を想定したが、実績は19.1%、3次産業は73%を想定したが81.2%に肥大化した。

この間、国は沖縄から1兆8,754億円の国税を徴収した。振興予算2兆149億円の財政投資の関連で見ると、復帰プログラムをどう解釈すべきか? 戦後四半世紀を超える長い間、本土から分断された沖縄に対する「振興予算」をどう読み解くのか。沖縄の苦難な歴史に対して、沖縄振興に国は全責任を持つとはどういうことか。戦後17年間、日本の財政から見捨てられた唯一の県であることを直視しなければならない。

2兆円の財政投資で道路、港湾、空港、学校教育施設を中心とした本土との格差は解消されつつあるが、水資源の開発、生活基盤施設(病院、公園、下水道、公営住宅等)、産業基盤施設は立ち遅れている。

情報分野、教育問題、企業の誘致、県民所得格差の分野では、積極的な施策展開が期待されたが、取り組みは弱かった。

経済構造では生産部門が弱く、移輸入依存度が高いため大幅な貿易赤字が続き、財政移転でカバーする財政依存体質は改善されていない。2次振計終了時の1991年度の財政依存度は35.7%だ。県民1人当たりの全国との所得格差は65.7%。沖縄経済に占める製造業の割合は5.9%。

自立的発展の課題は残されたまま、産業振興、雇用・失業問題は深刻でほとんど解消されていない。経済指標が空しく響く。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする