2016年11月07日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(55)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(55)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

P3の移転費用@
■返還協定第七条にわが国は3億2千万ドルをアメリカ政府に支払うとあるが、P3の移転費用はこの中に含まれるのか。

(福田外務大臣)
3億2千万ドルはアメリカ政府に支払うという額であり、その中にはP3の撤去費用は入っていない。その撤去費は地位協定の精神に従ってわが国において支払うということになる。

■P3移転費の2千万ドルはアメリカ側に支払う3億2千万ドルには入っていないのか。新しい追加予算として負担しなければいけない費用だとすれば、大変な金が国民の税金から支払われることになるのではないか。

(外務省吉野アメリカ局長)
3億2千万ドルは協定に規定されているとおりの方法で支払うわけであり、2千万ドルはその中に入っていない。P3の移転費用は、日本政府がこれを要請した関係上、わが方は持たざるを得ないのである。

■那覇空港のP3の移転費用は新年度予算に組んでいるのではないか。その予算関係の説明をされたい。

(福田外務大臣)
P3の移転について昭和47年度予算に38億円計上している。

■P3の移転について、外相は移転費は地位協定等に準じて支払うと答弁しているが、地位協定を援用できない沖縄に施設をつくるための予算措置をとる法的根拠は何か。

(田中大蔵臨時代理)
まだ移転先が決まっていないが、移転をするときに必要な費用があれば支出すると言っているわけである。予備費は協定が行われるということになれば国会の議決を得た予算の範囲内で支出されるものであり、その意味で予備費で支払うということを言っているわけである。

(福田外務大臣)
臨時緊急な必要に対し支出をする、予備費を使う場合にはそういう根拠によることになる。その背景としては、沖縄はまだ日本に返ってはいない、従って地位協定の適用はないがこれに準じた考え方である。


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2016年11月04日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(54)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(54)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

P3の撤去F
■現在那覇空港に駐留しているP3の問題が解決を見ていない。これは一体どうするのか、現段階で米側とどういう話し合いがされているのか。

(福田外務大臣)
那覇空港は返還時にはきれいな形で返還するという約束になっている。従ってP3の移転先は普天間飛行場になる見通しである。そこで多少問題になるのは、普天間飛行場が狭すぎるので、そこにある一部の飛行機を本土の方に移したらという意見が米側内部にあるようで、そうなるとまた本土の方で厄介なことになると頭を抱えているのが実情である。

■P3を普天間に移せば、普天間が手狭になって普天間のKC130給油機が岩国に移るというような一連の玉突き移転といわれているが、そういう一連の移転費も、その愛知・ロジャーズ話し合いの費用の中に入っているのか。

(外務省吉野アメリカ局長)
■今度のP3移転に伴って、果たして普天間のKC130が岩国に移り、岩国のP3が三沢に移るという一連の行為が起こるかどうかの点については、米側でもいろいろと検討している。しかしながら、まだわが方に対しては正式に通報してきていない。

■那覇空港からのP3の撤去の状況はどうなっているのか。普天間基地への移駐ということであったが、P3の移駐により普天間にあったKC130給油機が岩国に来る。そして岩国も手狭であるので岩国にあるP3を三沢に移転させるというような新聞報道があったが、この点について公式に米側から要請、申し入れを受けたのかどうか説明されたい。

(福田外務大臣)
那覇飛行場は返還期日である5月15日には、わが国に完全に引き渡されることになっている。またその付属書施設も引き渡しを受け、わが国の国有財産になるわけである。

そうするとP3約10機の移転先は普天間ということに大体決まったようであるが、P3が普天間に移ると狭いという話がある。それに基づいてKC130を本土の方へ移さねばならぬという事情が起こりそうだという話は聞いているが、米軍当局自体まだ考えが固まっていない。従ってまだ公式な話し合いは受けていないというのが現況である。
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2016年11月03日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(53)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(53)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

P3の撤去E
■P3が残るということになると、返還協定第三条に関する了解覚書のA表、B 表、C表は変わるのだと考えねばならぬと思うが、その点はどうか。

(福田外務大臣)
了解覚書のA、B、C表は一応の目途を示したものであって法的な意味はない。A、B、C表によって沖縄返還協定の細目は処理されなければならぬという政治的な意味合いを持つものである。

そこで政治的に重大なこのA、B、C三表に従ってただいま米軍基地の処理をしているわけである。

那覇飛行場については一応返還になる。そこで飛行場自体は米軍管理から運輸省管理となり、付属書施設はアメリカの財産からわが国の国有財産になるわけである。

ただP3が、またそれに関連して一部の部隊が残るので、その残るものの使用の限度において再提供するということになるのであって、この再提供の手続を日米合同委員会において決めるということにしているわけであり、A表、B表、C表を変更するわけではない。

■P3の他にUC45、UB45が十数機残留するとのことであるが、なぜこういうものが便乗残留することになるのか。

(外務省吉野アメリカ局長)
これは便乗ではなく、最初から那覇空港にいた海軍機の一部である。これらについてもわが方は撤去を要求し、先方もこれに応諾したわけである。

その際先方は、これらを収容するには嘉手納の飛行場が狭すぎるのでエプロンその他の増設を要求しており、これに基づきわが方は必要な予算を要求したわけである。これらの飛行機については、嘉手納の施設が整い次第移ってもらうということで目下先方と調整している。
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