2014年08月28日

再考・沖縄復帰対策(118)

再考・沖縄復帰対策(118)
〜自治省編〜

■政令で国の行う各種処分について特別な配慮を予定しているとあるが、その意味は何か。また対策となる事項如何。

国の行う各種処分について特別な配慮をするということは、合併市町村と非合併市町村がある場合、各省大臣が行う許認可の処分等について合併市町村に対して他の市町村に比べて特別に取り扱うという趣旨である。

対策の事項としては、新市町村建設計画に掲げる水道事業、病院事業その他公営企業に係る許可認可その他の処分、新市町村建設計画に掲げる事業に要する経費の財源とするための地方債を起こすための許可その他一定の事項に係る許可、認可、その他の処分を予定している。

■合併市町村の永久の利益となるべき事業の意義如何。これについて起債の特例を認める必要性はどこにあるか。

(1) 新市町村建設計画に掲げる事業で合併市町村の永久となるべき事業とは、沖縄法第6条第3項第2号から第10号までに規定する事業(例えば、市町村役所、文化施設、消防施設、病院、保育所、道路、水道事業)で合併市町村に一応恒久的利益をもたらす事業をいう。
(2) 地方財政法第5条第1項ただし書きに地方債をもってその財源とすることのできる事業が制限列挙している。
しかし、新市町村建設計画に掲げる事業で合併市町村の恒久の利益となる事業については、そのほとんどが起債事業と考えられるが、これに該当しない学校の統廃合に伴うスクールバスの購入や支所、出張所の統廃合による末端施設との連絡施設としての有線放送施設の設置等が一応考えられよう。

また、同条第1項第5号に掲げる公共施設又は公用施設の建設事業について普通税の税率がいずれも標準税率以上である団体でなければ地方債を起こすことができないのであるが、合併市町村の場合このような要件は必要なくなることになる。

しかし、実際に地方債を起こす場合は自治大臣の許可が必要であるので政令で合併市町村に対しては特別な配慮をするよう規定する予定である。

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2013年12月14日

沖縄復帰対策はどのように進められたのか(4)

沖縄復帰対策はどのように進められたのか(4)


 政府は1972年のできるだけ早い時期に沖縄の復帰を実現するため、諸準備措置の目標を掲げた。
 国会の議決を必要とするのは、@施政権返還協定 A本土法令の適用に伴う特例措置に伴う立法 B沖縄の経済社会の開発、発展を図るための立法措置─であった。

 復帰の目標をどのように推進していくのか。要綱が検討された。主な考え方は、@沖縄の各種機関・権利義務及び公務員等を本土並みに継承する、A沖縄の諸制度と本土の諸制度を一体化して、復帰ショックを緩和し、発展の基礎条件を整備する、B復帰対策の策定は、日本中の法令を点検し、沖縄の法令に照らし調整を図りながら暫定措置、特例措置を決定する膨大な作業を実施する、C復帰対策の策定に当たっては、沖縄の意向を反映させるため琉球政府の要望を聴くとともに、米国と調整を行う─というものだ。

 政府は、沖縄の振興開発を積極的、思い切った施策を講ずる、A復帰の混乱を生じないように特別な経過措置を講ずる、B琉球政府をはじめ県民の意思を十分に尊重し、復帰対策要綱を策定する─を確認する。

 19701120日、沖縄復帰対策要綱第1次分が閣議決定された。沖縄の教育行政制度については、本土の関係法令を適用するというものだ。

 戦後の沖縄の教育行政は、1952年(昭和27年)2月、米国民政府布令66号「琉球教育法」発布に始まる。1957年には布令165号「教育法」を発布、1958年には琉球政府は「学校教育法」を制定し、教育を行ってきたが、復帰で本土の制度に移行するものである。



 



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2013年12月11日

沖縄復帰対策はどのように進められたのか(1)

沖縄復帰対策はどのように進められたのか(1)


 1969年11月21日、佐藤・ニクソン共同声明を受けて1970年5月「沖縄・北方対策庁」が設置された。沖縄・北方対策庁は、沖縄問題と併せて北方領土問題も所管したが、東京に本庁、沖縄現地には沖縄事務局が設置された。沖縄事務局の設置で日本政府はようやく琉球列島米国民政府との協議を行うようになった。
 復帰対策はどのように進められたのか、その経緯を検証する。

■復帰対策の推進体制
 沖縄の復帰に備え、本土と沖縄の間に存在する制度上の相違と経済格差を克服するため、政府内及び琉球政府との連絡調整、統一的・計画的な復帰対策について検討することとした。

 1969年11月28日「沖縄復帰対策協議会」(閣議決定)を内閣に設置。12月15日「沖縄復帰対策各省庁担当官会議」が設置、復帰準備に着手する。

1970年3月31日「沖縄復帰対策の基本方針」が閣議決定され、基本方針に沿って復帰対策が進められた。琉球政府・沖縄県民の民意を十分尊重することが確認された。


 1970年3月、復帰対策の基本方針が閣議決定。日本政府が行う準備体制は総理府、外務省を中心に進められた。

【総理府】

・復帰準備施策の策定、関係省庁との意見の総括・調整、施策の推進・実施に関する関係省庁との総合調整。

・総理府に置かれている沖縄復帰対策各省庁担当官会議に行政、産業経済、教育文化、社会労働、司法法、地位協定の7分科会を設置。

・日本政府沖縄事務所は、復帰準備に関し琉球政府との連絡調整、沖縄現地における関係資料の収集分析・調査実施。


【外務省】

・外務省は、施政権返還前に沖縄復帰準備施策について米国政府と協議調整を行う。


■復帰対策準備
 沖縄県における地方支分部局の設置ならびに琉球政府の身分引継ぎ準備が検討された。琉球政府が行っていた国政事務は国に引き継ぐこととされた。

本土法令の適用準備として、沖縄は27年間日本法令の適用除外地域であったが、復帰後は国内法を適用することも検討された。

米国統治下の公社等の取り扱い及び公有財産及び米国資産の引継ぎ、通貨の切り替え準備もあった。安保条約で米軍の行動を確保する日米地位協定は米軍統治下で適用除外だったので地位協定の適用準備も検討された。



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