2012年09月05日

琉球政府の復帰施策(24)

琉球政府の復帰施策(24)

■幻の「屋良建議書」(17)

〜沖縄復帰の建議書〜

1971年11月18日


4 医療保険
 特別措置法の医療部分に、琉球政府の要請や措置要求はもちろん閣議決定の対象要綱の内容すら十分盛り込まれていないことは残念であります。
琉球政府行政主席・屋良朝苗氏.jpg


 沖縄の医療行政は、本土に比べて極めて劣悪な状態にあることは、ここに改めて指摘するまでもありません。そこでこの遅れに医療行政を一日も早く本土並みに引き上げるためには、まず第1に国の直接的な財政支出による格差是正の具体的プランが特別措置法案および開発法案に盛り込まなければならないと思います。


 次に医療機関については、現在本土水準に比べて、一般病床が4分の1、結核病床が6割弱、精神病床も6割弱、伝染病床は5分の1、保険所は人口16万人に対し1ヵ所と本土との格差は大きいものがあります。これらを本土水準に引き上げるためには、単に既存の医療機関を国立に引き継ぐという措置だけでは不十分であり、新たに国立の各種医療機関を設立することをはじめ、県立の医療機関の設置拡充、公的医療機関の引継ぎに対し、大幅な財政措置を講ずることが必要であります。


 また、医療要因については、本土と比べると医師数は半数以下であり、看護婦は3分の1程度、薬剤師数は6割弱というのが実情であります。このような状態を救済するために介輔制度の暫定存続及び臨時准看護婦に関しては措置されておりますが、これだけでは焼け石に水であります。

 したがって、医療機関要員養成機関設置に関して新たな特別措置を講ずる必要を痛感するのであります。すなわち、琉球大学医学部設立の目標を具体化させることをはじめ、看護学校の拡充、設立、臨床研修病院の存続に特別援助が必要であります。

 無医地区対策に関しては、沖縄地域自体が本土における僻地的性格を持つことを十分に考慮しつつ、その中における無医地区対策には一層の配慮が必要であります。特に無医地区における診療に従事する医師、歯科医師、その他の医療従事者の確保に関しては、単に琉球政府の協力要請に応ずるという消極的態度ではなく、無医地区医療における悪循環が解消されるまでの間、大幅な財政措置が必要であります。
i沖縄愛楽園治療棟.jpg

 社会疾病については、現在沖縄においては結核症の有病率は、本土と大体同様の1.52であるが、結核病床数は人口万対本土平均病床数の6割に満たない実情であります。これら格差是正のためには、これまでも述べたような措置を講じ本土水準に到達するまでの間、現在琉球政府が採っている社会疾病を尊重し、その継続維持のための措置が必要であります。

 すなわち、結核医療については復帰の際、現に全額公費負担を受けている者、並びに復帰後新たに結核医療を受ける者については自己負担のないよう措置することとし、また、精神障害の医療についても同様の措置をとること。以上のことを特別措置法の中に規定する必要があります。


 次にハンセン氏病療養所については、国立移管する旨、一般的に規定しているが、整備拡充のための保障を具体的に示すべきであります。さらに、衛生関係業務が円滑に施行されるように基盤の整備に関しては特別配慮が必要であります。

写真:ハンセン氏病治療棟(沖縄愛楽園)

☞ハンセン氏病は国の責任で治療が行われていたが、沖縄は国からの補助もなく琉球政府が診療所を管理していた。沖縄について国は放置してきたが、1962年以降は医療援助として学童検診を行っただけである。
■復帰時(1972年)のハンセン氏病患者
・全国11195人、沖縄1940人(全国の17%)
・新患者:全国117人 沖縄70人(全国の60%)
 

 



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2012年09月04日

琉球政府の復帰施策(23)

琉球政府の復帰施策(23)

■幻の「屋良建議書」(16)

〜沖縄復帰の建議書〜

1971年11月18日


2 年金制度

 沖縄の年金制度は厚生年金、国民年金とも沖縄の本土復帰の目途がようやくついた1968年に立法化され、1970年から保険料の徴収事務が開始されました。制度の内容も復帰の際スムーズに本土制度に移行できるように、厚生省の指導を受け、制度の体系、給付水準をほぼ本土並みにしてきました。しかし、厚生年金については、制度の遅れに伴う高齢者に対する4年から14年期間短縮の措置が講じられておりますが、本土並みの受給要件を満たさないため、同年齢、同年金額の給付措置が必要であります。
琉球政府行政主席・屋良朝苗氏.jpg


 国民年金についても9年の遅れがあるため沖縄法においては保険料納付の免除期間が措置され、さらに期間短縮についても1年から24年の特別措置がなされております。しかし、過去納付金の免除期間があるため、本土の同年齢者との間に支払額に相当の差異があり、これらの者が追納して同額給付が得られるような措置をとる必要があります。

 厚生年金の保険料についても本土料率をそのまま適用すると沖縄においては莫大な負担増となりますので、その面の特別措置が必要であります。さらに船員の場合、船員保険法が適用するため(沖縄の場合、現在各種保険の適用を受けていて)各種保険がまとめられ現行の保険料よりも高くなります。このことは、勤労者の負担増だけでなく、労使折半の建前上、沖縄の中小船舶経営者に及ぼす影響を考えると大きな問題であります。


 次に年金の各種保険の余裕金及び積立金は現在、琉球政府の資金運用部資金に預託され公共事業、特別会計などに貸し付けられ、その額は全資金量の70.6%(71年3月現在)を占める沖縄の公共投資に大きな役割を果たしております。これらの積立金はそれぞれの制度に引き継がれることになります。

 その他、年金制度の遅れに伴う過去機関の追加費用の政府負担についても、国の責任においてもれなく保障すべきであると思います。

3 社会保障

 戦後の沖縄における社会福祉は、米軍による生活必需物資無償配給制度による救済事業から出発し、1953年に生活保護法が本土法の理念と形式を踏襲して制度化され、これが沖縄における社会保障の中軸をなしてきたのであります。

 琉球政府.jpg

 ところで、関連社会保障制度の皆無(とりわけ医療保険制度の欠陥)の中で、その扶助内容と適用基準は厳しく、理念倒れのような制度でありました。しかも、保護開始理由の大部分が疾病であり、貧困と疾病の悪循環が繰り返され、防貧制度の欠陥が、いかに扶助対象者を拡大再生産してきたかが伺えるのであります。


 1971年度現行基準(第11次改定)では、生活扶助は全県一律に本土四級地並みであります。復帰後は、憲法理念による生存権意識の高揚によってこれまで生活の苦しかった多くのボーダーライン層が扶助対象者として急激に増加する可能性がありますので、その保護を当然の権利として実施できるよう財政措置が必要であると考えます。

 保護の実施機関については、暫定措置として市部に置く福祉事務所を段階的に設置することになっていますが、これは現在の市財政基盤の現状からしてやむを得ないとしても、全体的な沖縄の地域開発を進める中で、市財政の強化を図り、住民自治の本旨に則って市行政の中で処理するように持っていくべきであると考えます。


 その他児童福祉、身体障碍者、老人、特殊婦人等の福祉向上についても、行財政上の特別措置を講じ、国の責任による大幅な財政支出によって、これまでの空白を早急に埋めるよう特段の配慮を要請するものであります。

 また、社会福祉施設の絶対数は著しく不足しており、その整備は緊急かつ重要であるので特別の措置が必要であります。さらに、特殊婦人の厚生事業については、単なる法律的な防止政策や取締り的な施策では不十分でありますので、生活保護を基軸とする強力な施策を講ずるよう要請いたします。

写真:琉球政府


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2012年09月03日

琉球政府の復帰施策(22)

琉球政府の復帰施策(22)


■幻の「屋良建議書」(15)

〜沖縄復帰の建議書〜

1971年11月18日


(五)厚生・労働問題について

1 社会保障
琉球政府行政主席・屋良朝苗氏.jpg

 沖縄における社会保障は、すべてが「無」からの出発でありました。米軍は占領政策として「島ぐるみ救済」活動を平和宣撫工作の一環として展開してきたのであります。そして社会経済がようやく安定するにつれて、劣悪ながらも経済的貧困層いわゆる社会的沈澱層といわれる人々に対する現物、現金の支給を制度化する「救済制度」を制度化してきたのが、沖縄における社会保障制度の始まりであります。


 このように沖縄における社会保障の成立過程は、本土の社会保障が憲法の保障する生存権理念の発露として展開されてきた過程と比べて、まったくその質を異にするものであります。



 つまり、沖縄県民は、これまで憲法の保障する生存権理念の外に置かれ、一方米軍の植民地機能維持のための恩恵的な住民感情を緩和するための一定の枠の中で、生活を余儀なくされてきたのがこれまでの実態であります。
第1回佐藤・ジョンショん会談.JPG

 このように戦後沖縄の社会保障は、日米両政府の谷間にあって、近代国家の社会保障制度から大きく立ち遅れてきたのであるが、1961年の池田・ケネディ声明以降、ようやく沖縄が日本の一部であることが確認され、さらに、1967年の佐藤・ジョンソン会談において復帰への道程として、本土との「格差是正」が取り上げられ、社会保障に対する財政援助と制度の整備がなされるようになったのであります。

 ところが、沖縄の社会保障は医療保険に見られるように、沖縄の医療を保障する制度としては全く不十分で、県民の意に合致しないものであり、年金制度にしても本土政府の強力な指導によって、一応制度体系は本土並みに整備されていますが、その水準ははるかに低く、社会保障制度としての機能を十分果たしておりません。
 そこで、私たち沖縄県民は復帰によってこれまでのゆがみや空白が一挙に解決されるものだと期待していたのでありますが、今国会に提案されている特別措置法案を見たとき、それが県民の期待に十分応えていないことに失望するものであります。すなわち、制度の一体化は措置されていますが、その制度を支える所得向上や医療供給体制の整備、福祉施設の拡充などの措置が明らかにされていないことなどであります。

 「平和で豊かな沖縄県づくり」のためには制度の本土並みだけでなく、26年間の空白と県民の長い苦渋な生活に報いるに値する莫大な社会福祉施設整備の投資を優先することが何よりも大切であると考えます。

写真
第2回佐藤・ジョンソン会談
(1967年11月)

☞佐藤総理よりジョンソン大統領に対し、日米両国政府がここ両3年内に、双方の満足しうる沖縄返還の時期について合意すべきであることを強調した。佐藤総理とジョンソン大統領は、日米両国政府が沖縄の施政権を日本に返還するとの方針の下に、沖縄の地位について共同かつ継続的に検討を行うことに合意した。



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