2017年07月19日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(36)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(36)

■予算の一括計上

振興開発事業は「内閣府設置法」、「内閣府経費配分計画政令」に基づき、内閣府が一括計上する。対象事業は道路、港湾、空港、治山、治水の公共事業のほか、文教、厚生関係の施設整備、沖縄の特殊事情経費などだ。

一括計上された予算は、それぞれの事業を実施する所管省の一般会計へ移し替え、または特別会計へ繰り入れて執行される。

一括計上の根拠は、内閣府設置法第4条3項19号だ。振興開発計画に基づく事業に関する行政関係機関の経費の見積もりの方針の調整および当該事業で政令で定めるものに関する関係行政機関の経費の配分計画に関することと明記、別途政令で規定する。

沖縄予算の特色を整理する。
@農林水産省、国土交通省の公共事業費関係費とそのほか、非公共の 文教施設費、保健衛生施設費を計上。
A沖縄科学技術大学院大学関係経費
B沖縄の特殊事情等に対処する経費の計上(位置境界明確化、不発弾処理、対馬丸関係等)
C沖縄振興開発金融公庫補給金等の諸経費⇒政策金融で経済支援

内閣府沖縄振興局は、関係省庁の指導・助言を受けるために各省から職員を受け入れ、予算作業の円滑化を図っている。

内閣府で一括計上された予算は、関係各省に移し替える。関係各省の指揮監督のもとに、直轄事業は沖縄総合事務局を経由して直轄の国道、ダム、国営かんがい排水事業、港湾、空港などが実施されている。

沖縄総合事務局から県、市町村へ補助事業として県道、市町村道、高校・小中学、病院、住宅、空港、用水供給事業、農業農村整備、上下水道などの公共事業も実施されている。

一括計上と高率補助は、国の責任で沖縄振興を実施する「償い論」として50年間担保されている。
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2017年07月18日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(35)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(35)

■沖縄の特殊事情に伴う特別対策(1)
対馬丸遭難学童の遺族に対する特別給付金A

特別支出金は、死没者のうち学童の遺族(父母及び祖父母)に対し1977年10月から1982年9月までに援護法の遺族給付金の2分の1相当額を支給し、1982年10月以降は前年度の遺族給付金の10分の6に、1984年10月以降は10分の6.2に、1989年10月以降は10分の6.7に、1992年10月以降は10分の7に相当する額を支給している。

なお、支給事務については、沖縄県に委託している。

(2017年度予算)
対馬丸遭難学童遺族給付経費 3,280千円(前年度3,327千円)
うち特別給付金 3,754千円(前年度2,754千円)

(対馬丸事件の概要)
・疎開船対馬丸 6,754トン 貨物船(日本郵船所属陸軍徴用)
・遭難日時 1944年8月22日 22時12分
・遭難場所 鹿児島県鹿児島郡十島村悪石島沖
・乗船者数 1,788名
・死没者数 1,482名(学童784名、一般698名)

対馬丸平和記念事業
1998年10年、沖縄開発庁に「対馬丸船体引き揚げ調査特別検討委員会」が設置された。対馬丸の船体引き揚げは極めて困難との結論を取りまとめた。これを受け、遺族からは対馬丸の沈没地点にブイを設置したいとの要望が出されたが、船舶航行の安全上の理由等から、これに代えて「対馬丸記念館」の建設が検討され、2002年度予算において、厚生労働省が建設費等を計上し、2004年8月22日に開館した。

2002年度予算(厚生労働省)
・設計、建設費 2億3千万円 
・展示資料収集経費 3千万円
なお、内閣府においては、対馬丸記念館において行う事業についての企画検討会開催経費を予算化(500万円)

遺族や生存者の高齢化が進んでいる。沖縄戦の悲劇の象徴である対馬丸事件を後世に伝え、対馬丸遭難学童への哀悼と平和を祈念するため、内閣府は、公益財団法人対馬丸記念会が、対馬丸記念館を中心に実施する諸事業のうち、次の事業について2002年度から沖縄県を通じて補助(10/10)を行っている。

@生存者等(語り部)による体験の語り伝え
A対馬丸等の関連資料の収集、展示する特別展の運営
B対馬丸事件等を通した平和学習の推進

(2017年度予算)
・対馬丸平和記念事業経費 20,819千円(前年度20,383千円)
 うち、対馬丸平和記念事業推進補助金 19,618千円(前年度19,674千円)


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2017年07月14日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(34)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(34)

■沖縄の特殊事情に伴う特別対策(1)
対馬丸遭難学童の遺族に対する特別給付金@

沖縄の戦後処理事業として対馬丸遭難者等特別対策が実施された。対馬丸関連事業の経緯について取り上げる。

1944年8月22日、沖縄から九州方面への疎開学童等1788名を乗せて航行中の疎開船対馬丸は、鹿児島県悪石島沖で米軍潜水艦の攻撃を受けて沈没し、学童784名、引率教師30名、付き添え者668名、計1482名が戦死した。

死没者の遺族から準軍属として処遇すること(年金の支給)、船体を引き揚げて遺骨を収集すること等の要望が出された。

遺族からの年金の支給要望に対し、国は戦傷者戦没者遺族等援護法の適用は困難であるとして1962年と沖縄復帰時の1972年に見舞金を支給した経緯がある。

しかし、対馬丸遭難者遺族会からは、遺族年金の支給を求める声が強く厚生省(当時)は1977年度概算要求の中で特別給付金を要求した。これが予算決定の段階で沖縄開発庁(当時)に対馬丸遭難学童遺族特別支出金として支給されることとなり、以後、毎年度予算に計上されている。

1977年10月1日、「対馬丸遭難学童の遺族に対する特別支出金の支給に関する要綱」が定められ、これにより、対馬丸の沈没の際に死亡した沖縄の疎開学童の遺族に対し、戦傷者戦没者遺族等援護法の定める遺族給与金の2分の1に相当する額が支給された。

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