2017年06月08日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(10)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(10)

復帰後の教育投資についてみてみよう。復帰時に沖縄国際大学の設置認可問題があった。国は1972年度から73年度にわたり、それぞれ5億円、計10億円の補助を行っている。

基地とリンクする事業も実施された。基地所在市町村活性化特別事業(島田懇談会事業)として名桜大学に人材育成センター整備事業(留学生センター、多目的ホール、国際交流会館、総合研究所、ネオパーク国際種保存センター)係る予算が計上された。
(予算額)
・留学生センター(1997年度〜1998年度):2億9000万円
・多目的ホール(1997年度〜1998年度):9億9300万円
・国際交流会館(1998年度):1億8000万円
・総合研究所(1998年度):2億1800万円
・ネオパーク国際種保存センター(1999年度〜2005年度):33億2200万円
名桜大学以外では名護市マルチメディア館に8億4600万円の予算が措置された。

当時、私は沖縄総合事務局に勤務していたが、基地所在市町村活性化特別事業(島田懇談会事業)の議論をオブザーバーとして聴く機会があった。

沖縄における米軍基地の存在は、日米安保上重要な役割を果たしていた。米軍の訓練活動に伴う騒音や事件・事故などの問題が重なって住民の生活や経済活動を圧迫し、閉塞感を緩和する目的で沖縄予算を基地問題と重ねて組み立てた予算措置であった。「償い論」でスタートした振興予算は変化している。

国立沖縄工業高等専門学校の設置のための施設整備に関わる予算も2002〜04年度に総額約117億円が予算措置された(土地購入費は文部科学省が別途計上)。

高校生の大学進学率は改善されていない。
2015年3月の県立高校の卒業生は(全日制、定時制)は13954人。そのうち県内大学に入学したのは3117人(22.34%)、県外大学2117人(15.17%)大学進学率は37.51%だ。専門学校進学者は3920人(28.09%)。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:36| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(9)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(9)

復帰後、農業基盤整備に投じた沖縄振興予算は下記のとおりだ。
1次振興計画1074億円、2次振興計画3071億円、3次振興計画5202億円、4次振興計画3537億円、5次振興計画(沖縄21世紀ビジョン基本計画)は2015年度までに1129億円、計1兆4013億円。

米軍政下時代、日本政府が沖縄農業に投じた財政援助は80億円だったから、復帰後莫大な予算を投入したことになる。

復帰後、沖縄農業に1兆4千億円の国費が投入されたが、コストパフォーマンスはどうか? 県内総生産に占める第1次産業の構成比は、復帰時(1972年度)の7.3%であったが2013年度は1.5%まで落ち込んでいる(農業は5.7%から1.3%へ)。

2013年度の県内総生は3兆8818億円、そのうち農業の生産額は496億4500万円でわずか1.2%だ。

農家数は1973年56960戸あったが、その後36904戸減少して2015年は20056戸と65%減少した。

農業人口は1980年71814人いたが、2015年の農業従事者は19916人。この間、51898人が農業を捨てた。

農業の高齢化率は、1980年23%であったが2015年は54%だ。若年者の農業離れが目立つ。

耕地面積は1980年43800ヘクタールであったが、2015年は38600ヘクタールまで減少している。

耕作放棄地は1985年1555ヘクタールであったが、2015年は2445ヘクタールまで拡大している。この間の耕作放棄率は3.7%から9%に拡大し農地の利用率は悪化している。沖縄の農業所得(年間)は2014年で107万4千円だ。
これで若者が農業に従事することは厳しい環境だ。

基幹作物であるサトウキビの栽培面積は1974年23700ヘクタールであったが、2014年は18200ヘクタールまで減少。農業振興は機能したか? 1兆4千億円の予算が投じられたが、コストパフォーマンスは悪いと言わざるを得ない。
posted by ゆがふ沖縄 at 01:05| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月06日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(8)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(8)

復帰後、2014年度までに都市公園に4110億円が投入された(国営公園除く)。復帰時に32あった都市公園は2014年度には777に増加。面積は48.8ヘクタールから1468ヘクタールに整備された。1人当たり共用面積(㎥/人)は0.8から10.8に改善され全国並みになった。

国営沖縄記念公園については、国家的な記念事業として197 6年度から整備中。開園面積は、海洋博覧会地区は71.8ヘクタール、首里城地区投入された(国営公園は除く)。1972年に32あった都市公園は777公園に拡大。面積は48.8ヘクタールから1,468ヘクタールに整備された。1人当たり共用面積(㎥/人)は復帰時の0.8からから10.8へ整備され全国水準に達した。が3.2ヘクタール(2015年度末)。全体事業費は1185億円で2013年度末進捗は93.9%(1113億円)。

国営記念公園の入園者数は両地区合わせて728万人(2015年度)。うち外国人は約169万人(23.3%)。

海洋博覧会地区は、沖縄の本土復帰を記念して沖縄海洋博覧会(1975年7月20日〜76年1月18日)の跡地は博覧会を記念する公園として国により整備することが1975年7月15日に閣議決定され、76年8月30日設置告示された。都市計画決定された面積は77.2ヘクタールであるが、開園面積は71.8ヘクタールだ。

1999年11月1日、沖縄美ら海水族館が開館された。大アクリルパネルは幅22.5メートル、高さ8.2メートル、厚さ60センチ。総展示水量は1万トン。黒潮の海の大浴槽は7500トン。ジンベイザメ、マンタの複数飼育、サンゴの大規模飼育。国営記念公園は沖縄観光のコア・ポジショニングとなっている。

首里城地区は、国営公園として整備。首里城正殿を復元することが1986年11月25日閣議決定された。1992年11月3日、沖縄復帰20年を記念し、首里城が開園された。
posted by ゆがふ沖縄 at 01:06| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする